普及を始めるディープラーニング技術

ディープラーニングの技術は様々な分野にて本格的な導入が進んでいる。

ただし、その多くは安全性が求められない分野が多く音声認識やターゲティング広告、ニュース配信などが挙げられ、画像処理の分野でも同様に安全性が求められない顔認証や医療画像診断の補助機能、写真の検索用タグ付けなどが挙げられる。自動車の自動運転など安全性が求められる分野ではまだ本格導入には至っていないのが現状であろう。

  • ディープラーニングの活用分野

    様々な分野で活用されているディープラーニング

それに対して、モノづくりにおける安全性を担保する「製品検査」の分野にて、ディープラーニングの採用がどれだけ進んでいるのか、そしてその将来はどのような世界が予測されるのか、2018年9月の時点で我々の考えをまとめて皆さんにお知らせしたい。ディープラーニングの技術が画像処理に有益なことは明らかであるが、工場の中の画像処理における実態に迫りたい。

これまで用いられてきた一般的な画像処理技術(2値化、ブロブ解析、パターンマッチング、ステレオビジョン、など)を我々の世界では「ルールベース画像処理」と呼んでいる。

例えばブロブ解析では円形のものを見つける、面積が大きいものを見つける、細長いものを見つけるといったことを、「面積値」や「真円度」、「縦横比」といった形状特徴量を用いて数値化し、そこに閾値を設定して抽出するといったことをやっている。

ちなみに、このような形状特徴量は50個以上存在していて、知識と経験をベースにそれらを組み合わせて目的を達成しているのが現状である。しかしディープラーニングでは、抽出したい目的の画像を学習させるだけで、これらの形状特徴量として適切なものを勝手に組み合わせてくれるのである。円形のものを見つけるのはルールベースで「真円度」だけを頼りにすればいいものの、星形を探すとなると一気に選ぶ特徴量が難しくなるのが想像できるかと思う。

ディープラーニングは魔法の杖か?

ディープラーニングを導入すれば、既存のルールベース画像処理では実現できなかった処理が簡単に実現できるかもしれない。そのような期待を持って、多くの企業がマシンビジョン分野へのディープラーニング導入を検討している。しかし、マシンビジョンにおいて、ディープラーニングはあくまで多様な画像処理手法の中の1つであって、画像処理のすべての役割を担えるような魔法の杖ではない。

例えばマシンビジョンの機能群は大きく「検査」「位置決め」「計測」「自動認識」に分類されるが、「位置決め」や「計測」においては、従来のルールベース画像処理のほうが圧倒的に精度が高く、ディープラーニングを適用する意味が無い。誤解のないようにお伝えすると、「位置決め」や「計測」をディープラーニングでは実現できないと言っているのではなく、演算量を多く必要とするディープラーニングをわざわざ用いる必要が無い、ルールベース程に精度を出せないという意味である。

また、「自動認識」においては、バーコードやデータコード読取にディープラーニングを適用することはできない。結論としては、マシンビジョンの世界ではディープラーニングを活かせる分野は「検査」に限られる。

  • マシンビジョン機能群

    マシンビジョン機能群

検査における画期的なイノベーション

検査の分野に限って言えば、これまでルールベースの画像処理では実現できず、人間の目視検査に未だに頼っていた部分をディープラーニングが実現するようになったことは画期的であり、これまで工場内の画像処理技術(マシンビジョン)としてはある程度の限界まで達しつつあった状況を打破する転機が訪れたと言える。

もはやディープラーニングはハイプではないことは確実である。ディープラーニングがもたらすメリットを2つの観点で考えると、1つはこれまでの画像処理ではまったく検査できなかった内容を検査できるようになったこと、そして2つ目はこれまで検査を自動化させる際に技術者が毎回知識と経験をもとにプログラムを作成していたのに対して、画像を学習させるだけとなり作業が簡単になったということである。

後者については、新たな品種の検査要求が来ると、技術者は毎回、形状特徴量を選択しなければならなかったが(「真円度」「縦横比」など)、これが自動化されると作業が簡単になるだけでなく、技術者が別部署へ移動したとしてもどんな特徴量を利用していたかなど知る必要が無いため保守が簡単になる。

  • ルールベースで検査できる典型例とディープラーニングでしか検査できない典型例

    ルールベースで検査できる典型例とディープラーニングでしか検査できない典型例

ディープラーニングはブラックボックス

「検査」の分野において、ディープラーニングを現場に適用する上での課題として、内部の判断がブラックボックスであることを指摘されることが多々ある。ディープラーニングが「不良」と判断したとき、どのような基準をもって不良と判断したかを外部から観測することは、ディープラーニングの性質上大変難しい。

そのため、万が一不良品が市場に流出した場合、なぜ判断を間違えたかの要因解析が困難である。これは日本の製造業において大きな課題となるだろう。しかし、アーリーアダプター(先駆者)の方々の考え方としては、判断根拠がどうであろうと、結果が人間と同等もしくは人間の判断以上になれば誰も根拠を求めなくなるということである。

その考え方をベースに、ディープラーニングの判断の正確性の検証を繰り返し、人間と同様かそれ以上の成果を確認することができたとして、生産現場に適応する事例が確実に始まった。

具体的にディープラーニングの導入が進んでいる工程の一例として、目視で行われているベリファイ工程の自動化を紹介する。自動外観検査機で画像処理による良/不良判定を行う一般的な製造工程では、不良品の市場流出が絶対に発生しないよう、非常に厳しいパラメータ設定で判定が行われる。

これにより、不良品が市場に流出することは無くなるが、同時に多くの良品を不良品と判定してしまい歩留まりが下がる(オーバーキルが発生する)。そこで、不良品群に対して検査員が目視検査を行い、本当に不良かどうかをダブルチェックする。この工程がベリファイ工程である。

検査員によって判断にバラつきが有り、また、同一検査員であっても日によってバラつきがあるため、ベリファイ工程も自動化することで、品質向上と生産性向上を図りたい。しかし、自動化するには判定基準のルール化が難しい工程でもある。

そこで、熟練の検査員の判断に基づいて学習を繰り返すことで、平均的な検査員の判定精度を超えるディープラーニングネットワークを構築することが可能となる。ディープラーニングの有用性は、統計的に判断されることになる。また、ベリファイ工程へのディープラーニング適用は、不良品群に対するダブルチェックであるが、逆に良品群に対してディープラーニングでダブルチェックを行い、さらに厳しく検査を行う、という形の活用も進んでいる。

アーリーアダプターの方々の中には、ルールベースでの処理ですらディープラーニングで置き換わる日が近くに来るだろうと予測して検証を続けている。ここも統計的な判断が重要となるのだが、ルールベースの検査とディープラーニングの検査において、統計的にディープラーニングの精度が勝るようになれば、ルールベースを完全に取り除くことができるようになる。すべての検査項目にそれがすぐに実現できるとは断言できないが、近い将来には、アプリケーションによっては確実にルールベースをディープラーニングが置き換えていくだろうと考える。

  • ディープラーニングがルールベースを超える

    ディープラーニングがルールベースを超える

近年の画像処理の市場を見ていると、多くの企業がディープラーニングのツールやソリューションを提供するようになった。最近ではあまりにも乱立しているため、実態がつかめないという言葉をよく聞くようになった。そこで次章では、製造業における画像処理分野でディープラーニングの技術を採用するにあたり、どのような観点でツールを選定するべきか、どこか差別化ポイントなのかといった点を解説したい。

村上慶 リンクス代表取締役

著者紹介

村上慶(むらかみ けい)/株式会社リンクス 代表取締役
1996年4月、筑波大学入学後、在学中の1999年4月、オーストラリアのウロンゴン(Wollongong)大学に留学、工学部にてコンピュータ・サイエンスを学ぶ。2001年3月、筑波大学第三学群工学システム学類を卒業後、同年4月、株式会社リンクスに入社。主に自動車、航空宇宙の分野における高速フィードバック制御の開発支援ツールであるdSPACE(ディースペース、ドイツ)社製品の国内普及に従事し、国内の主要製品となる。2003年、同社取締役、2005年7月、同社代表取締役に就任。

同社代表取締役に就任後は、画像処理ソフトウエアHALCON(ハルコン、ドイツ)を国内シェアトップに成長させ、産業用カメラの世界的なリーディングカンパニーであるBasler(バスラ―、ドイツ)社と日本国内における総代理店契約を締結するなど、高度な技術レベルと高品質なサービスをバックボーンとした技術商社として確固たる地位を築く。次のビジネスの柱として2012年7月にエンベデッドシステム事業部を発足し、3S-SmartSoftware Solutions(スリーエス・スマート・ソフトウェア・ソリューションズ、ドイツ) 社の国内総代理店となる。