競合との差別化を、どう図るか
ブレードサーバーの製品担当を務めた後、2008年に、当時HPで最も高額な部類のサーバー製品である「HP Superdome」の製品担当となりました。→過去の「マシンルームとブランケット」の回はこちらを参照。
1台1億円。ミッションクリティカルサーバーという区分の製品で、停止すると大変なことになる金融機関のシステムや、鉄道や航空会社の運行管理、携帯電話の通信制御など、社会のインフラを支える多くのシステムで採用をされていました。
最大のライバルは「IBM Power Systems」。どちらもUNIXを採用したシステムで、ハイエンド案件では必ずと言っていいほど競合していました。
営業現場からは、日々「IBM製品に負けそうだから、逆転するためのポイントを教えてくれ」「値段勝負になりそうだから、値引きを出してくれ」といった要望が多く寄せられて、個別で対応をしていたのですが、勝率が上がらない日々が続いていました。
「○○という機能が無いから負けた」などという話は現場から上がっていましたが、私自身、どうもそれが理由とは考えられなかったのです。そして、もう少し敗因理由を調べていくと、お客さまがIBM Power Systemsは「早そうだ」「故障しなさそうだ」といった、かなり抽象的な理由で選ばれていることがわかってきました。
当時、購入前にどれだけのパフォーマンスが出るかを検証(PoC)するお客さまはいらっしゃいましたが、PoCは本当に手間も時間もコストもかかるため、実際に行うお客さまはごく一部でした。
しかし、当時IBMのPowerプロセッサは動作周波数が5GHz。それに対してSuperdomeのプロセッサは2GHz。実際の処理性能は周波数だけでは測れず互角だったのですが、これだけを見ると、IBMのほうが第一印象は「早そう」に感じますよね。当時、IBMは、お客さまの五感に響くマーケティングが上手だった印象があります。
五感で感じる第一印象
HP Superdomeの商談に欠けていたのが、この強烈な「第一印象」。それを効果的に与える施設として「実機体感センター」の立ち上げを提案しました。当時の提案資料を探ったところ、下記のスライドを見つけました。
数億円もする重要システムであっても、機種を選定するのは人間。実は多くのお客さまが「ああ、この製品カッコいいなぁ」「これは早そう!ラクそう!入れてもトラブらなさそう!」といった、五感で感じる「第一印象」で、ある程度の第一次判断は行っており、それを無意識に感じながら第二次判断、詳細なスペックの比較などを行っているケースが多いのではないかと考えたのです。
特に、この製品の場合は重要なシステムで使われることが多く、担当者は「トラブらないこと」が何よりも大切で、トラブルが発生しユーザーに説明を行う場面を想像すると胃がキューっとなってしまう方々ばかりなのです。
効果はいかほどに?
そんな第一印象を強烈に与えたのが、この「実機体感センター」でした。少しこぢんまりとした部屋に、他の会議室とはレベルの違う高級テーブルや椅子が準備されており、目の前にはガラスを挟んでマシンルームが。
そこに1台1億円のSuperdomeの実機。お客さまの目の前で「実機解体ショー」を行います。白い手袋をはめて、稼働中のSuperdomeからシステムを止めずにCPUやメモリを引き抜き、そのボードをお客さまの前にお持ちし、ご覧いただきます。
部品配置がきれいに整ったボードは本当に美しく、参加されたお客さまに強烈な第一印象を残しました。
はじめは「実機なんか見せても状況は変わらないよ」という意見が多かったのですが、効果はバツグンでした。お客さまはハードウェアがお好きな方が多かったですね。
現場の営業メンバーも「実機を見に来ませんか」とお誘いしやすく、案件進捗の早い段階で囲い込みができることに気づき始め、勝率はみるみると上がりました。気づくと多い年は年間で約70回、「実機解体ショー」を実施していました。
あれから約15年、クラウド全盛時代となりハードウェアの多くは雲の中に消えてしまい、体感する機会は減ってしまいました。しかしながら、見えなくなっただけでハードウェアはしっかりと存在し、クラウドを支える重要な屋台骨となっています。クラウド事業者はもっとハードウェアを語って、差別化を図るのも面白いのではないかな、と。