公開された燃焼試験の設備
LE-9の燃焼試験を行っている種子島宇宙センターの試験設備は、もともとLE-7の開発を目的として、1989年に整備された。約20年にわたり、LE-7/7Aの燃焼試験を約300回実施。それから10年ほど休止していたが、LE-9のために再整備したそうだ。なお、この試験設備を報道公開するのは今回が初めてだという(Google Mapでの位置はコチラ)。
今回公開されたのは実機型だが、フライトモデルでも外観は大きく変わらないとのこと。ただ、右上にたくさん見える細い配管は圧力を計測するためのもので、実際のフライトでは必要ない。本番ではこの写真よりも、さらにシンプルになるようだ。
また、燃焼試験時にスタッフが詰めるコントロールセンターも公開された。ここでは、エンジンの制御、設備の監視、計測データの取得などを行っており、試験時には20名ほどのスタッフがこの部屋に入るそうだ。
LE-9が動作する仕組み
最後に、LE-9の仕組みについても説明しておこう。
よく見かけるのは下の系統図だが、これは燃料の液体水素(赤色)と酸化剤の液体酸素(青色)の流れを表している。酸素については分かりやすいだろう。ターボポンプを通り、エンジンに送られているだけだ。
水素の方は、燃焼室の冷却にも使われているため、流れがやや把握しにくい。ターボポンプの右側で、配管が上下に分岐しているのが分かるだろうか。上に流れた水素は、エンジンへと供給される。一方、下側の流れを追ってみると、上部燃焼室を冷却し、一旦離れてから今度は下部燃焼室を冷却し、それから右側に戻っている。
燃焼室を冷却し、熱を得た水素は、そのエネルギーで液体水素ターボポンプのタービンを駆動。そのまま左側に流れ、次は液体酸素ターボポンプのタービンも駆動した後、ノズルスカートの内側で排気される。
LE-9の仕組みについては、こちらの動画が分かりやすい
LE-9とLE-7Aの仕様を比較してみると、いくつか大きな違いがある。まず推力は、大幅にアップ。これは、H3は固体ロケットブースタ無しの形態があり、大推力化が必要なためだ。スロート径を広くし、流量を増やすことで対応しているという。反面、比推力は若干下がっているが、前述のように、これは原理的に仕方ない。
注目して欲しいのは、ターボポンプの吐出圧力が、3分の2程度にまで下がっていることだ。2段燃焼は、タービン駆動ガスを高圧の燃焼室に戻す必要があるため、必然的にその上流もかなり高圧にせざるを得ない。しかし、エキスパンダーブリードの排気口は1気圧以下。結果として、ターボポンプの吐出圧力はそれほど高くなくても良い。
LE-7Aでは、ターボポンプのインペラは2段にする必要があったが、より低圧のLE-9では、1段でも問題無い。これにより、ターボポンプの低コスト化が可能になる。
またバルブの駆動方式が、ヘリウムガスによる空圧方式から、電動方式に変更されているのも注目ポイントだ。LE-7Aの空圧バルブはオン/オフの制御しかできなかったが、LE-9の電動バルブは開度の調節まで可能。つまり、バルブ自身で流量の制御ができるのだ。
LE-7Aの場合、オリフィスで推進剤の流量を調整し、適切な混合比を実現しているのだが、出荷前に燃焼試験を行い、もし混合比がズレていたときには、オリフィスを微調節し、再度燃焼試験を行う必要があった。しかしLE-9の場合、燃焼試験中に流量を変えて混合比を調整できるため、燃焼試験は1回で良くなる。これも低コスト化に貢献する。
まだ魔物は隠れているのか?
「エンジン開発には魔物が潜んでいる」と言われる。エンジン開発はそれだけ難易度が高く、失敗がつきものということだ。
LE-7の開発で苦労した経験も踏まえ、LE-9では「高信頼性開発手法」が適用されている。開発後期での手戻りを避けるために、要素試験やシミュレーション解析を駆使し、起こりそうな問題は事前に1つ1つ排除してきた。実機型エンジン#1の燃焼試験が無事に完了したのは、その手法が有効だったからかもしれない。
しかし、岡田プロマネは「今でもまだ魔物がいると思っている」と、慎重な姿勢を崩さない。岡田プロマネ自身、LE-7の開発では苦労を味わった。進捗について、「LE-7に比べると今のところ順調」と手応えは感じつつも、「油断はしたくないので、順調とは言いたくない」と現在の心境を述べる。
高信頼性開発手法により、すでに魔物は退治したのかもしれない。しかしもしかすると、まだどこかに隠れているのかもしれない。今後、燃焼試験をさらに繰り返すことで、そのあたりが徐々に見えてくることになるだろう。