輸送機の将来を見据えた開発
前回説明したような特性を持つことから、JAXAが第1段エンジンへのエキスパンダーブリードの採用を検討し始めたのは2002年のことだ。当時は、前年にH-IIAロケットの初号機が打ち上げられたばかりだったが、第1段エンジンの新規開発には長い時間がかかる。次を見据えて、すぐに研究を開始しておく必要があった。
この研究は、「現在の使い捨てロケットだけでなく、将来の再使用型輸送機でも使えるようなエンジンを目指していた」(同)という。シンプルでタフなエキスパンダーブリードであれば、コストを抑えたまま信頼性を高くできる。「爆発しにくい」という特徴は、有人ロケットにも適していると言える。
このとき日本には、すでにエキスパンダーブリードのノウハウがあった。1994年に初飛行したH-IIロケットの第2段エンジン「LE-5A」で、この技術を独自開発。これは、H-IIAロケットの第2段エンジン「LE-5B」でも引き続き採用されている。
しかし、副燃焼室がないエキスパンダーブリードの場合、タービンの駆動ガスを発生させるには、燃焼室の熱を利用するしかない。第1段エンジンで使えるほどの大きなエネルギーを得るためには、吸熱効率をさらに上げる必要があったが、当時の技術では困難だった。
これを可能にしたのは、製造技術の進歩だ。LE-9の燃焼室は、より多くの熱を吸収できるよう、長い円筒になっているのが大きな特徴だが、銅製の内筒は、フローフォーミングと呼ばれるロクロ回しのような手法で、この長さを実現。外周側に燃料が流れる細かい溝(チャンネル)を切り、その外側に強度の高いステンレスなどの外筒を取り付けている。
続いて2010年には、「LE-X技術実証」プロジェクトが立ち上がり、実機サイズの燃焼室、ターボポンプの試作を開始。それぞれ、単体での動作試験を行った。その成果を受け、2015年からはLE-9の開発が正式にスタート。燃焼室とターボポンプを組み合わせた形で、燃焼試験が2017年4月から始まっている。
LE-9の開発スケジュール
今回、報道向けに公開されたのは、LE-9の「実機型エンジン」と呼ばれるものだ。"実機型"と言われてもピンと来ないだろうが、要は試験用のエンジニアリングモデルである。設計通りの機能・性能を発揮することの確認が目的で、合計4台を製作する予定だ。
実機型エンジンの1台目(#1)では、合計11回の燃焼試験を実施。燃焼時間は合計270秒で、最長は11回目の78秒だった。当初の計画は11回で570秒となっており、これよりは大幅に短いが、岡田匡史・H3プロジェクトマネージャによれば、「最後に270秒の試験をやりたかったが、まずはエンジンを無傷で戻すことを優先し、見送った」とのこと。
JAXAにとって、第1段エンジンの開発は久しぶりだ。改良開発だったLE-7Aからでもすでに14年が経過しているし、フル開発となるとLE-7が完成した23年前になる。燃焼試験を行ったエンジンを分解し、詳細に分析することで、得られる知見も多い。まずはリスクを避け、慎重に進めることにしたということだろう。
ただ、今のところ燃焼試験に大きな問題は起きておらず、岡田プロマネは「2020年度の初打ち上げには問題無い」との見通しを示した。
7月7日に実施された10回目の燃焼試験の様子。燃焼時間が初めて1分を超えた
現在、テストスタンドには実機型の2台目(#2)が設置されており、今後、燃焼試験を開始する。実機型#1で判明した強度不足について対策を行っているそうで、「実際のフライトでは400秒以上も燃焼しなければならない。実機型#2では特に耐久性を確認したい」(小林氏)とのことだ。
その後、2018年度には、三菱重工業(MHI)の田代試験場において、実機型エンジンによる「厚肉タンクステージ燃焼試験」(BFT)を実施する。これは、より本番に近い試験で、ロケットの第1段をまるごと模擬。燃料/酸化剤タンクはより頑丈な厚肉仕様なものの、配管やバルブなどは実機相当のものを使用する。
H3ロケットでは、第1段に2台または3台のLE-9エンジンを搭載するため、BFTでは実機型を3台使う計画だという。これには、#3と#4、それに#1または#2のどちらかを組み合わせる予定だ。
実機型での試験結果をフィードバックし、次は2台の「認定型エンジン」を製造し、2018年度から燃焼試験を行う。これは、フライトモデルと同等の設計・製造方法のエンジンを使う最終試験である。
実機型と同じように、エンジン単体で燃焼試験を行ってから、2020年度、今度は種子島宇宙センターにて、実機相当のタンクと組み合わせた「実機型タンクステージ燃焼試験」(CFT)を実施する。この試験で問題が出なければ、いよいよH3ロケット初号機の打ち上げに臨むことになる。
(次回は11月28日に掲載予定です)