仏教ではもともと修行僧が労働をすることは禁じられており、修行の一環として寄付をもらって生活を維持していました。
仏教がインドから中国に伝わった際にもこの決まりは守られていましたが、財政上の理由や仏教界が堕落しているとの批判から、お寺が取り壊されたり、寄付が打ち切られりしたことがありました。
このピンチに、唐の禅僧である百丈懐海(ひゃくじょうえかい)和尚は耕作をはじめとした労働(「作務」といいます)も修行とするように制度を改革、自給自足で生活するようになっていきました。
百丈和尚は80歳以上になっても、自分で畑を耕すことをやめなかったそうです。しかし、その姿を見る弟子たちは和尚の身体が心配になります。
そこで、ある日和尚が使っていた農具をどこかに隠してしまいました。自分の道具が見つからない和尚は仕方なく仕事を諦め部屋に戻っていったのですが、その日から食事に手をつけなくなってしまいます。どうしてかと弟子たちが尋ねると、和尚はこのように答えました。
「一日不作 一日不食」(いちじつなさざれば、いちじつくらわず)
弟子たちは農具を返し、和尚は働くことができるようになったので二度と食事を絶つことはなかったといいます。
百丈和尚の「一日不作 一日不食」という言葉。「働かざる者食うべからず」という意味に取られがちですが、権利や対価の話をしているのではありません。
百丈和尚や禅の修行僧たちにとって畑仕事などの作務は重要な修行のひとつであり、修行を実践する禅僧としての一日を作ることができなかったから食べなかったのだという意味が込められているのです。
あなたにとって、「これをやるから1日が良いものになる」ことは何でしょうか? また、1日にできること以上のことを、1日の中に求めていないでしょうか?
日々が充実していないと感じたり、できないことが多すぎると感じ悩んでしまったりしたら、1日に「しっかり1日分だけ」を生きることができているか、見直してみてはいかがでしょう。
■今回登場したのは、禅のぼさつが宿った「こねり」
■著者紹介
Jecy
イラストレーター。LINE Creators Marketにてオリジナルキャラクター「こむぎこをこねたもの」のLINEスタンプを発売し、人気を博す。その後、「こむぎこをこねたもの その2」、「こむぎこをこねたもの その3」、「こむぎこをこねたもの その4」をリリース。そのほか、メルヘン・ファンタジーから科学・哲学まで様々な題材を描き、個人サイトにて発表中。
「週刊こむぎ」は毎週水曜更新予定です。