「人工冬眠」をいうワードを聞いたことがあるだろうか?
冬眠とは、恒温動物である鳥類や哺乳類の一部が夏・秋などの間に栄養を体内へと取り組み、冬の時期に土の中や洞窟などで体温を低下させて活動を停止させて越冬するという生態のこと。広義では、魚類や両生類などの変温動物が冬を越す際にも使われる用語であるようだが、ヒトでも実現しようとする試みがある。
SFの世界……。そんな印象を持っているかたも多いだろう。確かに現時点ではまだ途上ではあるが、実現に向けて、研究開発に邁進する研究機関、企業が世界には存在している。
では、なぜヒトに冬眠という技術が必要なのか、どのような研究機関、企業が研究開発を行っているのか、どのようなシーンで人工冬眠をするのか、今回は、そんな話題について紹介したいと思う。
人工冬眠とは?
人工冬眠とは、Hibernation(ハイバネーション)、Hyper Sleep(ハイバースリープ)、Cold Sleep(コールドスリープ)などと言われている。
動物の冬眠と同じく、ヒトでも体温を低下させ、活動を停止する状態を作り上げることを人工冬眠と呼んでいる。
日本でも人工冬眠の研究を実施している研究機関が存在する。例えば理化学研究所だ。
理化学研究所の砂川玄志郎博士は、ヒトの人工冬眠の実現を見据えて、マウスやラットでさまざまな研究を実施している。
2020年12月25日には、冬眠状態の際に機能している省エネメカニズムを解明したり、冬眠状態を誘発する方法を発見したりとすごい業績を上げている。
この成果をヒトに応用することでどのような未来が開けるのだろうか。次に見ていこう。
ヒトの人工冬眠技術とは?
では、なぜヒトに対して人工冬眠技術を実現しようとしているのだろうか。
その理由は、多岐にわたるが、ひとつは、医療の面だ。
例えば、救急の患者を救急車で運ぶ場面がある。いかに早く病院に到着し治療に着手できるかが命を救えるかの鍵になるが、もし人工冬眠ができれば救急患者の活動エネルギーを低減でき、負担を減らせる。
また、心臓や肺などの臓器の負担も抑えられ、病気などの悪化も防げる。そしてさまざまな治療ができる時間も増やせるのだ。この点では、老化抑制の面も期待されている。
もうひとつは、気候変動への対応だ。現在のような環境とはほど遠い気候変動に見舞われた場合に、ヒトを人工冬眠状態にして時間の経過を待つというものである。このようなシーンは、漫画「望郷太郎」でも似ている場面がある。
そして、宇宙旅行、惑星移住だ。例えば、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と筑波大学の櫻井武教授は、宇宙での人工冬眠技術のハードウェア開発を実施したり、日本政府のムーンショット型研究開発制度においても目指すべき未来像および25のミッション目標例として人工冬眠が挙げられている。
これらの日本における人工冬眠の研究開発の現状のステータスは不明だが、この宇宙分野においては、主に、人類にとって移住計画に挙げられている火星への旅行、移住に対して検討されている。
宇宙分野において人工冬眠技術が必要なワケとは?
ではなぜ、宇宙分野において人工冬眠技術はなぜ必要なのだろうか。
その理由は、地球から火星に到着するのには、少なくとも180日かかることに起因している。
180日も宇宙船の中で生活しなければならず、搭乗する人の数などにも依存するが、その分の水、食料、空気などなど生命を維持するためのものを宇宙船に搭載しなければならない。
これはかなり巨大なロケットが必要になり、コスト面で課題がある。そして訓練された宇宙飛行士であれば良いが、180日もの間、狭い閉鎖空間で一般のヒトが生活するには、メンタル面なども含め非常に過酷だ。
アメリカ航空宇宙局(NASA)は、SpaceWorks Enterprisesと共に、「NASA INNOVATIVE ADVANCED CONCEPTS(通称:NIAC)」において火星への輸送について研究を進めており、2018年には、次のような検討結果を報告している。
これは、宇宙船内におけて人工冬眠状態のヒトが入るポッドのイメージだ。非常に近未来感があるイメージ図だ。頭部のあたりにOxygen Hoodという酸素供給と二酸化炭素除去の装置がある。
常時、センサーにて心臓の動きや他の臓器をモニターしている。そしてヒトの体温は10度未満に保たれるようだ。そして栄養や水も供給されており、体に電気的な刺激を与えることで筋肉を維持することも可能なようだ。そして排泄物の処理もしっかりと検討されている。
そして現在までに、4人用と8人用の人工冬眠用の宇宙船のコンセプトが打ち出されている。8人用であれば、質量は42.3トン、長さ8.75メートル、直径7.25メートル、必要な電力は30キロワットという設計のようだ。
そしてイメージを見ると3階建ての構造。日本円で約3000億円から4000億円のコストがかかる試算まで記載されている。4人用は、サイズもコストもおおよそ8人用の半分になるイメージだ。
いかがだっただろうか。欧州宇宙機関(ESA)でも人工冬眠技術の検討はなされているようだ。
今回は、夢の技術、「人工冬眠」について紹介した。
いつ実現されるのだろうか、まだ課題も多く、ヒトの適用や実現までに年月はかかるだろうが、夢のある技術であることは間違いない。このようなDeepTech、MoonShotのようなチャレンジングな研究開発に少しでも興味を持ってもらえたら幸いだ。