2023年3月3日、ソフトバンクと東京海洋大学は、北海道の厚岸翔洋高等学校の協力を得て、光の明滅を信号に変換する技術「OCC」(Optical Camera Communication)を活用した水中無線通信で、厚い氷に覆われた狭い水中空間でも、リアルタイムかつ遠隔で制御できる水中ロボットの実証に成功したと発表した。では、この通信技術を使うメリットや、将来の展望は何だろうか。今回は、こんな話題について紹介したいと思う。
ソフトバンクなどがOCCを活用した水中ロボットを開発
では、ソフトバンクが開発したこの水中ロボットとは、どのようなものだろうか。以下の画像をご覧いただきたい。白い直方体のようなものが水中ロボットだ。この2台は片方が親機、もう一方が子機で、親機は地上と有線で接続されている。仕組みとしては、親機から子機に向けて光を照射し、それを受光した子機が、その制御信号に基づき動作するもの。その指示によって、子機の水中ロボットは潜航、浮上、前進、後進などを行う。
そして、ここで利用される光の制御信号にはOCCが採用されている。このロボットの側面に、黒い円筒のものが設置されているのがお分かりいただけるだろうか。これが発光素子と受光素子である。発光素子には高輝度LEDなどが採用されており、他方の水中ロボットに取り付けられた受光素子に向けて可視光を照射する。信号を受け取るロボットは、照射された光を受光素子のセンサであるCMOSカメラなどで受光する。この時、点灯・点滅を繰り返す親機からの信号を変換し、内部のコンピュータで制御命令として受信することで、さまざまな動作を行うという。
ではなぜ彼らは、光の明滅を用いたOCCを採用したのだろうか。まず、通信といえば電波が想像されるだろう。しかし水中では、電波は著しく減衰してしまうため、適切ではないという。そのためこれまで、音波による通信技術が用いられてきた歴史がある。動物でいえば、イルカなどが感覚器官において音波を検知しており、潜水艦や船舶でも物体の探知などで活用されている。
しかし音波は、その時の水温や塩分濃度によっても変わるが、伝送速度が1500m/s程度と遅い。その他にも、情報容量の面や外来ノイズの問題、海底・海面から反射によるマルチパスの影響を受けやすい点など、多くの課題があるのだ。
そこで発想されるのが、光を用いた通信技術だ。これまでにもレーザが活用される事例などが存在する。しかし、レーザーによる通信は指向性が高い、つまり照射角が狭いため、光軸を高い精度で受講側と合わせる必要があるなど、こちらも課題があった。そこで今回は、LEDの光とカメラを活用したOCCを検討。この方法であれば照射角を広くでき、多少光軸がぶれても通信を維持することができるというのだ。
北海道の厚岸湖で実証実験を実施!
今回の実証実験は、分厚い氷に覆われた北海道の厚岸湖で実施された。その概要は、以下の図に示されている。厚岸湖の湖岸に位置する地上機と有線で接続された親機が、水中へと沈められる。そして親機は子機に向けて信号を発出し、水中での移動を制御するというものだ。ちなみに制御指令自体は、930kmほど離れた東京のソフトバンク本社から、Thuraya Telecommunications Companyの通信衛星を介して地上機に送信された。言ってしまえば、東京から厚岸湖の水中ロボットを制御したのである。
氷に覆われた湖では、空からの通信による水中ロボットの制御は容易に実施できない。ソフトバンクが水中ロボットの遠隔制御方法を開発する理由がお分かりいただけるだろう。
ソフトバンクが目指すのは"海の産業革命"
ソフトバンクなどは、Beyond 5Gによる海の産業革命の実現に向けて今回のような研究開発を実施しており、このOCCを用いた遠隔水中ロボット制御もその一環だ。では、この実証実験の成功により、どのような展望が期待されるのだろうか。
彼らによれば、厚い氷に覆われた寒冷地の水中など、リモートアクセスが難しい場所においても、遠隔地からリアルタイムで水中のロボット制御が可能になることが証明されたことから、海中に設置された機器の遠隔監視やメンテナンスが容易になることが期待されるという。また他にも、寒冷地での漁業やさまざまな調査にも活用することができる。
さらに、現状は水中での光通信距離というものは限定的であるが、もしOCCなどの水中光無線通信技術が発達し、水中灯台などのインフラが構築されたならば、洋上物流に代わる次世代の物流として水中が活用される可能性が期待されるのだ。
このように、今まで技術が及んでいなかった水中での通信が可能になることで、利活用シーンが劇的に増加するため、海の産業革命の実現が期待される。