臓器チップをご存知だろうか。

臓器チップとは、新薬開発において従来の課題を解決できることが期待されているもので、同チップの研究開発には、国や大学の研究機関はもちろんのこと、世界の多くのスタートアップも尽力している。

では、この臓器チップとは、どのようなものだろうか。臓器チップにはどのようなことが期待されているのだろうか。今回は、そのようなことについて紹介したいと思う。

臓器チップへの期待とは?

臓器チップは、「Organ on a Chip」といい、新薬開発のブレイクスルーとなることが期待されている技術である。

では、具体的には新薬開発のブレイクスルーとはどのようなことだろうか。

新薬開発には、次のような課題が存在する。日本製薬工業協会によると新薬が市場へと投入されるまでに9~17年もの長い期間がかかり、また数百億円から数千億円もの高い研究開発費がかかると言われている。

しかも新薬開発の成功確率は約3万分の1と低いという※1。2015年当時の資料なので、現在は変化があるだろうが、新薬開発とは骨の折れることであることは違いない。

また、新薬の評価にはシャーレ内の培養細胞で実施することが多い。この理由は、低コストで簡単に実験できるというメリットがあるためだ。しかし実は、このシャーレという環境は、人体の環境とはかけ離れた環境であり、そのため、本来評価したい結果を得られていない可能性があるというデメリットもあるのだ。

動物実験も新薬の評価によく実施されるが、実験対象となる動物とヒトとの生態が異なるため、完全な評価ができていないのも実情だ。さらに、動物たちがこの実験のために犠牲になっているということも忘れてはならない。 これらの課題を臓器チップは、解決できる可能性があるのだ。

臓器チップとは?

臓器チップとは、人体の臓器を模擬したデバイスのことだ。

臓器チップでまず押さえておかなければならないのは、ハーバード大学の研究所であるWyss Institute(ヴィース研究所)だ。Wyss Institute は、肺チップという「Lung on a chip」の開発に成功した。肺チップは生体外における肺気腫の再現に世界で初めて成功したことで知られている。

このLung on a chipを使ってCOVID-19の薬剤の評価を実施しているというプレスリリースが2021年5月3日に配信された※2

以下にWyss InstituteのLung on a chipの動画を紹介しているので是非ご覧いただきたい。

Wyss Instituteの肺を模擬した臓器チップLung on a chipの動画(出典:Wyss Institute)

デバイスの中に、人間の肺の細胞と血管の細胞を多孔質膜を隔てて培養したもの用意し、肺細胞には空気に触れる層、血管の細胞には血液が通る層をつくる。そして真空チャンネルという真空層を両サイドに準備し、圧力で変形させることで、呼吸時の拡大、収縮を模擬するという。

このデバイスの製造には、半導体加工技術のリソグラフィという微細加工技術が使われる。

また、ドイツの研究機構であるFraunhofer Institute for Material and Beam Technology IWS Dresden(以下Fraunhofer IWS)は、マルチオーガンチップという、さまざまな臓器の血液循環を模擬できるチップを開発している。

臓器の細胞を培養し「チャンバー」と呼ばれる場所に入れて、ポンプを使って血液を循環させ、試験物質を導入し、評価するというものだ。

  • Fraunhofer IWSのMulti Organ chip

    Fraunhofer IWSのMulti Organ chip(出典: Fraunhofer IWS)

そして、フランスのNETRIというスタートアップは、脳を模擬できる「Brain on chip device」を開発している。

  • NETRIのブレインチップ

    NETRIのBrain on chip device(出典:NETRI)

そのほか、イスラエルのTissueDynamicsというスタートアップは「DynamIX」という、人間を模擬しているマイクロ流体チップを開発している。

  • DynamIX

    TissueDynamicsのDynamIX (出典:TissueDynamics)

ほかにも、たくさんのプレイヤーが存在するが、紹介しきれないことをご了承いただきたい。ご紹介したもの以外にも臓器チップには、腸チップ、皮膚チップなども存在するという。

いずれにせよ、多種多様なプレイヤーが臓器チップによって、従来の新薬開発の課題を解決すべく尽力していることを知っていただけたかと思う。

しかし臓器チップを開発し、人体の臓器を模擬しただけではダメだという。まだ、やるべきことはたくさんあるようだが、例えば、この臓器チップ上で生体反応をしっかりと観測できる技術や解析技術も臓器チップの開発と並行して整備する必要があるという。

もし、自分の細胞、自分の血液の臓器チップを手軽に製造できて、新薬などを低コストで短期間で評価することができれば、一人一人に最適な医療が提供される、そんなカスタマイズされた未来がくるのではないだろうか。

参考文献

※1http://www.kantei.go.jp/jp/singi/gskaigi/working/dai5/siryou1.pdf
※2https://wyss.harvard.edu/news/human-organ-chips-enable-rapid-drug-repurposing-for-covid-19/