「この装置を使えば犬や猫といったペットと会話ができる」、ひと昔前からそんな話は少なからずあった。

ペットの鳴き声を集音し分析、解読、そして人間の言語へと変換および表示してくれるものだったと記憶している。これらの装置のインプット・アプトプットはわかるが心臓部がブラックボックスでなんとも言うことができない。

世の中には、実際にペットの気持ちがわかる人がいるという。飼い主はもちろんのこと、獣医師、トリマーの方々は匂いや行動などで動物の健康状態や感情を判断できる、そんな能力に優れていると聞いたことがある。

しかし、ペットと会話できるという装置は、当時の技術で本当にペットの鳴き声を解読できたのであろうか。その真偽は不明だが、今現在では膨大なデータから人工知能(AI)を用いた機械学習やディープラーニングといった手法を使い、統計的にペットの感情などの特徴を抽出することが可能だ。

今回は、AI技術を使うことで愛猫の気分や健康状態がわかるというアプリ「Tably」、そしてそれを開発するSyvlester.ai について紹介したいと思う。

Sylvester.aiの事業とは?

Sylvester.aiとは、AI、特に機械学習を活用した動物向けの予測ヘルスケア製品を開発しているカナダのスタートアップ。今回の記事は猫向けのアプリ、Tablyについてフォーカスするが、Sylvester.aiの事業自体では、全ての動物を対象とするという。

では早速、Tablyについて紹介しよう。使い方は簡単。スマートフォンといった機器にTablyをダウンロードして、愛猫を撮影するだけ。そうすれば、猫の画像の上に下図のような感情を示すイラストが表示され、猫の現在の気持ちを把握できるというものだ。

  • 猫の様子

    Tablyで表示された猫の様子(出典:Sylvester.ai)

Tablyはどのような仕組みで猫の気持ちを把握するのか

では、どうしてこのようなことができるのだろうか。

撮影された猫の体のある部分からさまざまなことがわかるように設計されているのだという。 まず、ここで使われている技術はコンピュータビジョンだ。コンピュータビジョンとは、機械学習の一種で、人の視覚で行うことができるタスクを自動化し、コンピュータが視覚世界を理解できるようにする技術のことだ。

  • コンピュータビジョン

    Sylvester.aiが力を入れるコンピュータビジョン(出典:Sylvester.ai)

そしてこのコンピュータビジョンと「Feline Grimace Scale」 という指標をTablyでは組み合わせている。

この指標は、Sylvester.aiの機械学習で使われるアルゴリズムで、モントリオール大学の附属動物病院で開発され、耳の位置、目の開き具合、鼻先からあごを含む口元の緊張度、ヒゲの位置、頭の位置の5つで、猫の痛みを把握することができるものだ。

ある箇所に痛みを抱えた猫と痛みの症状がない猫の画像を比較すると、この5つの指標に違いがあるのだという。

  • 画像の比較

    写真に写っているAからLは、Feline Grimace Scaleに使用されている指標を表す(出典:Scientific Reports volume 9, Article number: 19128 (2019))

Tablyを使っているユーザからは、高い評価を得ているようだ。重度の皮膚アレルギーを持っている愛猫の回復状況が正確に把握できた、衰退していく愛猫にTablyのおかげで鎮痛剤を投与できた、関節の炎症に気が付けたなどこの声が寄せられているという。

また同アプリは、獣医師との遠隔医療にも役立っている。タブレットを見ると猫の食事の有無、おしっこについてのチェック欄がある。必要に応じて、フォローアップのための訪問診療の必要性も提案しているようだ。

  • 遠隔医療イメージ

    Tablyを用いた獣医師による遠隔医療のイメージ(出典:Sylvester.ai)

いかがだっただろうか。猫は、ペットの中でも痛みや気持ちなどを見分けることが難しい動物と言われているようだ。

そんな難しいとされる猫にフォーカスしたビジネスを展開しているSylvester.aiにすごさを感じる。そして、技術の視点でも根拠のあるアウトプットを提供している。

地球上のあらゆる生物となんらかのコミュニケーションをとることができる未来も、もしかしたら来るのかもしれない。しかし、まずは哺乳類からだろうか。