2022年9月27日、東京大学大気海洋研究所と海洋研究開発機構の研究チームは、北極海において植物プランクトンが大増殖する新たな現象を発見したと発表した。では、この新たな現象とはどのようなものなのだろうか。なぜこの研究に取り組んでいるのだろうか。この今回は、そんな話題について紹介したいと思う。

北極海で植物プランクトンが大増殖する新たな現象とは?

研究チームの一員である東京大学大気海洋研究所の塩崎拓平准教授、海洋研究開発機構の藤原周研究員らの研究グループは、次のように発表している。

「植物プランクトンは海洋における主要な基礎生産者(無機物から有機物を作り出せる生物)であり、一般に海の表面で最も生産量が高くなります。そのため、植物プランクトンの生産量は人工衛星によって全球的なモニタリングが続けられています。東京大学、海洋研究開発機構の共同研究チームは、この常識に反し、夏季北極海陸だな域では、植物プランクトンの大増殖(ブルーム)が、海底付近でも起こることをつきとめました」

夏季の北極海では、海の表面に貧栄養状態になる海域が出現し、基礎生産が低くなるとされている。このような時期の同海域では、深度40~50m程度に植物プランクトンが存在することが多く、これらの表層に現れない植物プランクトンの現存量のピークを「亜表層クロロフィル極大」と呼ぶ。亜表層クロロフィル極大自体は、世界中の海で見られる現象だという。

一般的に、表層から離れた一帯に存在する植物プランクトンは、光や栄養を十分に得られないため、海面近くの植物プランクトンに比べて生産力が低いとされる。しかし、北極海ではしばしば、亜表層クロロフィル極大の基礎生産が高くなる現象が観測されてきた。この原因は現在に至るまで判明しておらず、塩崎氏らの研究グループは、亜表層クロロフィル極大が海底付近に存在することが多い北極海の「陸だな(水深数十mの浅い海域)」に着目したとのことだ。

海底ブルームの発生要因とは?

そこで彼らは、実験や現場観測を実施。そして、陸だな域で起こる海底でのブルームの発生要因を推定したのだ。どのようなものかは、以下の図をご覧いただきたい。まず、春季に海氷が融解し海中に光が差し込むと、表層で植物プランクトンが大増殖を開始する(春季ブルーム)。その後、このとき増加した植物プランクトンが大量に海底に沈降する(a)。そして、春季ブルームで表面の栄養塩が使い尽くされて植物プランクトンが激減するため、海域の透明度が上がり(b)、太陽光が強くなる夏季は光が海底付近まで届くため、海底に沈んでいた植物プランクトンが再び増殖を開始する(c)というものだ。

  • 海底ブルームの発生メカニズムをあらわしたイラスト

    海底ブルームの発生メカニズムをあらわしたイラスト(出典:東京大学)

さらに研究グループは、人工衛星の観測データから得られる海底に届く光量の推定値から、海底ブルームが起こりうる海域の面積をシミュレーションした。

その結果、海底ブルームが起こり得る光量が海底に届く海域が、7月には陸だな域全体の24%を占めることが判明した。その海域は、以下の図の(a)で黄色で示した海域だ。この海域のうち、東シベリア海やフォックス湾は、1990年代まで夏季でも海氷に覆われていた海域(b)。すなわち海底ブルーム現象は、温暖化による海氷減少とともに北極海全体に広がっている可能性があるのだ。

そして、これほど広い範囲で海底ブルームが起こり得るのは、沿岸からはるか沖合まで陸だな域が広がり、かつ夏には日照時間が非常に長くなる(白夜)ため、海底に光が届く海域が広くその時間も長い北極海特有の現象であると言えるのだ。

  • 海底ブルームの発生する海域(黄色)(a)と過去の海氷分布(b)

    海底ブルームの発生する海域(黄色)(a)と過去の海氷分布(b)(出典:東京大学)

いかがだったろうか。この研究で海底ブルームが発見されたことにより、これまで表層のみのデータをもとに算出していた二酸化炭素の吸収・固定について、海底ブルームを考慮する必要性が出てくることが示唆されている。そして、この海底ブルームから派生した生態系も出現している可能性があるとのことだ。サイエンスというものは、とても興味深く素晴らしいと感じさせてくれるすごい研究結果だと感じる。