産業技術総合研究所(産総研)は2022年8月5日、大腸菌を昆虫共生細菌へ進化させることに成功したと発表した。
宿主である昆虫の生存に必要不可欠な共生細菌が、従来考えられていたよりも早くそして簡単に進化することが示されたこと、共生細菌の進化が実験室でよく用いられるありきたりの大腸菌で起こりうることは驚くべき発見なのだ。
今回は、そんな話題について紹介したいと思う。
大腸菌が昆虫共生細菌へ進化
今回の研究は、産業技術総合研究所古賀隆一研究グループ長、森山実主任研究員、深津武馬首席研究員兼ERATO深津共生進化機構プロジェクト研究総括、東京大学古澤力教授、若本祐一教授らの研究グループによるものだ。研究成果は、2022年8月4日国際学術誌「Nature Microbiology」にオンライン掲載されている。
では、大腸菌を昆虫共生細菌へと進化させるとはどのようなことだろうか。
チャバネアオカメムシに共生している共生細菌を除去し大腸菌を感染させて飼育すると、数ヶ月から1年ほどの短期間に大腸菌がチャバネアオカメムシの共生細菌へと進化していることが確認されたのだ。
チャバネアオカメムシは、共生細菌なしでは、生きていくことができない。チャバネアオカメムシにとって、共生細菌は幼虫の成長に不可欠。母虫が卵を産むときに共生細菌を卵の表面に塗布し、孵化した幼虫は卵表面を吸って共生細菌を獲得するという。共生細菌に感染した幼虫は正常に発育し、飼育条件下においては、80%程度が羽化し成虫になることができるのだ。
なお、感染させた大腸菌は、高速進化大腸菌。DNAミスマッチ修復遺伝子mutSを無くした大腸菌で、突然変異率が100倍程度に上昇し、分子進化速度が100倍程度に加速するという、遺伝学的に操作を加えた大腸菌のことだ。
実際に、大腸菌を感染させたチャバネアオカメムシを調査するとカメムシの体サイズが大きくなり、体色が正常な緑色に近づいていく傾向が見られた。
また、大腸菌を調べたところ、増殖速度の低下、細胞サイズの小型化、べん毛運動性の喪失、細胞形態の不安定化、宿主体内感染密度の上昇なども観察されたのだ。
いかがだったろうか。
研究チームは、分子生物学のモデル細菌として最も研究が進んでいる大腸菌を共生細菌に進化させることができたことは画期的だとしている。
今後は、なぜ大腸菌が共生細菌化しうるのか、その具体的な機構の解明とすでに着手している昆虫―大腸菌実験共生進化系とマウス―大腸菌実験共生進化系を組み合わせた実験などから無脊椎動物と脊椎動物の間の腸内共生機構の相違点、共通点を追求していく予定だという。