最近、一部企業の全社デジタル教育導入のニュースを受けて、ご相談をいただく機会が増えていますが、ニュースに取り上げられている企業は、段階を踏んだ上で全社デジタル教育を導入しています。段階を踏んでいない企業が、いきなり全社デジタル教育を行うのは悪手と言わざるを得ません。そこで今回は、適切な順序とターゲットに合わせた教育すべき内容をお伝えします。

DX人材は「ビジネス系」と「テクノロジー系」の2種類に分けられる

ここまでDX人材とひとまとめに語ってきましたが、DX領域にはさまざまな職種があります。それらの職種は、「ビジネス系DX人材」と「テクノロジー系DX人材」の2種類に大きく分けることができます。

ビジネス系DX人材とは、DXを推進する事業や業務に詳しい人材で、職種でいえば、ビジネスアーキテクトが当てはまります。対して、テクノロジー系DX人材とはDX技術に詳しい人材で、職種でいえば、サービスデザイナー・UI/UXデザイナー・データサイエンティスト・ソフトウェアエンジニアなどが当てはまります。

DX人材の採用・育成を考える第一歩は、自社が推進したいDXは何かを明確にして、優先順位をつけることです。下図を参考に、自社でA~Fのどれを展開したいのかをはっきりさせてみてください。単にA~Fを決めるだけでなく、どの部署でどのような成果を目指すのかといったことを具体的に企画しましょう。その上で、DXプロジェクトを推進するために、社内にどの人材をどのくらい抱えるかを思い描くのです。

  • DXの3つの目的

DX推進には、ビジネス系・テクノロジー系の両方の人材が必要ですが、全員が社内にいる必要はありません。どこまでを自社で内製化し、どこからは外部パートナーに任せるのかは、各社が決めることです。ビジネス系を社内に抱え、テクノロジー系は外部パートナーを活用するのが基本型ですが、テクノロジー系でもデータサイエンティストだけは社内に抱えるといったケースも見かけます。その点は、DX推進プロジェクトの内容や性質によって異なります。

最初に、DX部門・チームの社内DX人材を集中的に育成しよう

DX部門・チームのメンバー構成が決まったら、まずはDX部門・チームのメンバーを集中的に育成しましょう。この段階では、社内の他の人たちにデジタル教育を行う必要はありません。

初期段階では、外部コンサルタントにDX開発・運用を依頼することになるでしょう。第1回でお話しした通り、その際にDX推進プロジェクトに社内ビジネス系DX人材候補を何人か入れて、社内外の協働体制をつくり、外部コンサルタントに社内人材の育成も一緒に依頼することをお勧めします。そうすれば、3年~5年後には社内ビジネス系DX人材が十分に力をつけているはずです。

DXをさらに強化するつもりなら、次世代のDX人材候補者をプールして育成し、社内DX人材を増やしていきましょう。ビジネス系だけでなく、テクノロジー系も社内に抱えると決めたのなら、同じように育成を進めます。こうやってDX部門・チームの育成を進め、強化・拡大していくことが先決です。

次に現場での活用を推進する「DX伝道師」をつくろう

DX部門・チームの育成の次に必要なのは、DXシステム・ツールの活用を現場で推進するユーザーの教育です。

DX推進を進めていくと自社になんらかのシステムやツールを導入することが決定します。自社独自開発ツールでもCRMツールでもRPAでもExcelでも、システム・ツールは問いません。システムやツールが決まったら、それらの使い方、現場での活用方法をマスターした「DX伝道師」を育成しましょう。システムやツールを導入する各部門から選んでも構いませんし、DX伝道師を現場から集めた組織をつくる形でも構いません。システムやツールの特性に合わせて、データ分析スキルやレポート作成スキルなどを実践的に高めていきます。

大切なことはシステムやツールを構築する、導入を主導する方々とは、別の人がこの役割を担うことです。システムやツールを導入したけれど、現場での活用が進まないという事例を散見しますが、システム・ツールの活用が進まない大きな原因のひとつは、システムやツールの構築や導入を主導する方々が、活用推進の役割を兼ねてしまうことにあります。

新しいシステムやツールの導入は、将来的に現場の役に立つことであったとしても、現在の現場の人にとっては「面倒」に感じることがあります。この「面倒」を乗り越え、現場の方々が活用のメリットを感じるようになるためには「きめ細やかな対応」が必要となります。システムやツールの構築や導入を主導する方々は繁忙であることに加えて、現場の方々の肌感覚からは遠いため、この「きめ細やかな対応」をやりきることができません。そのため現場での活用を推進する役割の伝道師を育成する必要があります。

DX伝道師の皆さんには、システム・ツールの日常的なブラッシュアップ・改修にも協力してもらいましょう。システムやツールの種類にもよりますが、事務職などバックオフィス系社員の方々も伝道師としての素養は十分にあります。

伝道師の集団ができたら、現場を巻き込んだ活用推進をしてもらいましょう。伝道師が自らシステムやツールを最大限に活用しながら、現場の「面倒」を超えるメリットを見せ、きめ細やかな対応をしながら、周囲に使い方を広めてもらうのです。この体制ができ上がれば、システムやツールの活用は急速に進むはずです。

ここまできて初めて、「全社デジタル教育」を行う必要が出てくる

伝道師集団が社内にDXシステム・ツールの使い方をある程度広めた頃には、現場の皆さんがそれらを便利なものだと実感し始めているはずです。ここまできて初めて、「全社デジタル教育」を行う必要が出てきます。

ただし、第2回の繰り返しにはなりますが、「社内DX人材候補の発掘」を目的とした全社デジタル教育だけは、もっと前の段階で行ってもかまいません。その場合は、任意の「DX提案制度」もセットで実施するとよいでしょう。そうすれば、DXに対する学習意欲が高く、好奇心と積極性のある人材を見つけ出すことができます。

全社デジタル教育で注力すべきは、「問題解決力」と「顧客体験創出力(顧客実感と体験設計)」の向上です。問題解決とは、自分なりの切り口を考えて広く収集したデータを分析し、問題と原因を明らかにして解決策を考え、実行して問題を解決することです。

問題解決研修を受講した程度で、この本来の手順を踏んで問題を解決できるまで身についている人はごく少数しかいません。しかし、既存業務の効率化・高度化のDXを推進する際にも、既存市場(事業)の顧客提供価値向上をする際にも問題解決力は必ず求められます。ですから、これまで問題解決研修を実施していたとしても、DX推進のためには、改めて全社を挙げて問題解決力を高めることが必要です。

顧客体験創出力は、現在はマーケティング部門だけが持っていればよいと勘違いされている能力です。しかし、既存市場の顧客提供価値向上を目指すDX、新しいビジネスモデルを創出するDXを推進する際には、顧客体験創出力が必須です。

顧客体験創出力に欠かせないのは、徹底した「顧客視点」です。たとえば、自社製品のメリットをマーケティングの売り文句の通りに語っていては、優れた顧客体験を創出できません。お客さまの立場に立って、お客さまが製品・サービスを利用する現場の実感を想像できるようになってはじめて、顧客体験創出力は高まります。

問題解決力と顧客体験創出力に関しては、第5回でさらに詳しく説明します。