今回より5回にわたって、「経営者がいま知るべきDXのポイント」をお伝えします。経営者の皆さんがデジタルトランスフォーメーション(DX)に関わる意思決定をする上で、最低限押さえておくべき知見や知識を整理しました。経営者だけでなく、DX担当役員・DX担当マネジャー・DX担当人事の方々にも、きっと役立つ内容です。第1回は、「DXとは何か?」と「DXで避けたほうがよいことは何か?」を詳しく語ります。

DXは「3つの目的」で分けることができる

DXの本質は、「デジタルを活用して、圧倒的に優れた顧客体験を提供し、事業を成長させること」(出典:『90日で成果をだすDX入門』日本経済出版社/著者:須藤憲司)です。DXが登場した当初、DXは主にこの意味で使われていました。

しかし現在は、DXはほかのさまざまな意味でも使われています。目的別に整理すると、以下の表のようにまとめることができます。簡単に言えば、DXには「既存業務の効率化・高度化」と「既存市場(顧客)の顧客提供価値向上」と「新しいビジネスモデルの創出」の3つの目的があるのです。経営者の皆さんは、この3つの目的を分けて考えることが重要です。

ただし、3つ目の「新しいビジネスモデルの創出」は、日本ではまだほとんど行われていないのが実情です。本連載では、このタイプのDXにはあまり触れません。なぜなら、これは既存のビジネスや組織を破壊して、新たな価値を創造するDXであり、いまの日本では実現がかなり難しいと思われるからです。

本連載では、1つ目の「既存業務の効率化・高度化」と2つ目の「既存市場(顧客)の顧客提供価値向上」に絞って説明します。現段階では、日本企業の経営者の皆さんは、この2種類のDXについて理解することが先決です。

  • DXの3つの目的

日本では「現場のDX」は進んでいるが、「オフィスのDX」は進んでいない

日本企業のDXによる「既存業務の効率化・高度化」は、現場とオフィスでは進み具合がまったく違います。現場ではかなり進んでいますが、オフィスでは進んでいないのです。

ここでいう現場とは、店舗・工場・倉庫・研究所などを指します。最もわかりやすい例は、小売店でよく見かけるようになった「セルフレジ」です。最近では、セルフレジに商品の入ったカゴを置けば、商品の合計額を即座に算出して、すぐに決済できる店舗まで出てきました。

こうしたセルフレジの目的は、「省人化・無人化」による生産性の向上です。デジタルテクノロジーを活用した省人化・無人化は、店舗だけでなく、工場や倉庫でも同じように進んでいます。日本企業は、この類のDXは得意といってよいでしょう。いまもやはり「カイゼン文化」が根づく国なのだ、と言えます。

研究開発のDXとしては「デジタルツイン」が有名です。デジタルツインとは、現実世界の環境や物体のデータを収集して、仮想空間上にまったく同じ環境や物体を再現するテクノロジーのことです。例えば製造業では、製品・部品の開発時にデジタルツインを活用して、デジタル上に試作品を作ることで試作品製作の時間を圧縮し、開発スピードを速めて生産性を向上しています。

以上のように、DXを活用したビジネス現場のバリューチェーンの生産性向上は進んでいます。しかし、オフィスでの生産性向上はいっこうに進んでいません。ここでいうオフィスとは、スタッフ部門・営業部門・マーケティング部門などを指します。これらの部門ではDXツールが導入されたにもかかわらず、生産性が向上していないケースが大半なのです。この問題は、第2回で詳しく取り上げます。

「既存市場(顧客)の顧客提供価値向上」のDXは、日本では進みが極めて遅いと言われています。私の見方では、そこには「日本企業がユーザーエクスペリエンス(UX)=顧客体験を的確に理解できていない」という問題が潜んでいます。この点については、第4回で説明します。

DX推進時に陥りやすい「コンサルロックイン」は深刻な経営リスクになる可能性がある

次に1つ、経営者が知っておくべきDXの大きな特徴を紹介します。それは「コンサルロックイン」に陥りやすいという点です。

近年、システム開発の経営リスクとして「ベンダーロックイン」に注目が集まっています。ベンダーロックインとは、大規模システムを一度開発すると、開発したSIベンダーにシステムの保守・運用を任せるほかに選択肢がなくなってしまい、保守・運用に多大な費用がかかったり、既存システムのDXが進められなかったりする現象を指します。

このベンダーロックインは、DXに本格的に取り組めば解消できる、と言われています。DXを推進することで、ベンダーロックインから解放された企業も出てきています。今後、ベンダーロックインは次第に減少することが予想されます。ただ実はDXでは、ベンダーロックインの代わりに、コンサルロックインが新たな問題になりやすいのです。

「コンサルロックイン」とは、企業がDX推進において外部コンサルタントに頼りきってしまい、コンサルティングファームに多大な費用を払い続けるしか選択肢がなくなってしまう現象のことです。コンサルロックインは、ベンダーロックインよりも深刻な経営リスクになる可能性があるため避けたほうが無難です。

現状、ほとんどの日本企業は、社内のDX人材が不足しています。従来の情報システム部門の方々は、残念ながらDXには十分に対応できません。また、実力あるDX人材を社外から即戦力で採用するのはかなり困難です。ですから、初手はDX推進をコンサルティングファームにお願いする必要があります。序盤に外部コンサルタントを活用すること自体は、間違いではなく、問題もありません。

ただし、外部コンサルタントにDX開発・運用を長期間依頼することには、経営上大きなリスクがあります。DXとは、ビジネスや組織に欠かせない重要なデータを収集・分析して、業務・製品・サービスの改善につなげる営みですから、DXに携わる者はビジネスや組織の問題点を熟知することになります。つまり、外部コンサルタントのDXによるロックインは、ベンダーロックインよりもはるかに深いところまで侵食してくるのです。ロックインした外部コンサルタントは、その企業の経営に精通し、現在のベンダーロックインよりも代替が困難になってしまうでしょう。よって、経営者はこのリスクをよく知っておく必要があります。

では、コンサルロックインをどうやって防げばよいのでしょうか。最もてっとり早い方法は、コンサルティングファームに「DX推進とDX人材育成をセットでお願いする」ことです。DX推進プロジェクトに社内DX人材候補を何人か入れて、社内外の協働体制をつくり、外部コンサルタントに社内人材の育成も一緒に依頼するのです。そうすれば、数年後には社内DX人材が独り立ちし、外部コンサルタントに頼らなくてもよい体制を作れるはずです。

なお、DX人材の採用・定着については第3回、DX人材の育成については第4回、DX人材にキャリアチェンジする道筋については第5回で、より詳しく説明します。