スマートフォンで写真を撮り、SNSにアップする。現代の日常を象徴するこんな行動を陰で支えているのが、画像フォーマットの「JPEG」だ。写真に限らず、インターネット上での画像の流通は、JPEGなしには考えられないほどに普及している。

JPEGがここまで広まった経緯については、拓殖大学の渡邊修准教授にインタビューを実施した。その中で、SNSなどプラットフォーム側の設定によらず、JPEG側で利用者のプライバシー保護を行うための技術「JPEG プライバシー&セキュリティ」が開発中であることが分かった。

SNSなどWebサービスに関連したプライバシー問題が発生する時、写真データの記録形式「Exif」に含まれる位置情報などのメタデータが悪用されてしまうことがある。そもそも、Exif形式で写真データが記録されるようになった経緯は何だったのだろうか。そして、ユーザーの受ける被害に対して、JPEGという画像フォーマットの策定団体が対応に乗り出した理由は?

そこで今回は、JPEGを作った団体に所属し、「JPEG プライバシー&セキュリティ」のリリースに向けて活動している早稲田大学 国際情報通信研究センター 招聘研究員の石川孝明氏にお話を伺った。

早稲田大学 国際情報通信研究センター 招聘研究員 石川孝明氏


2003年、ISO/IEC JTC 1/SC 29/WG 1(JPEG) 国内小委員会委員。2013年、幹事を経て、2014年より同委員会主査。SC 29専門委員会委員およびSC 29/WG 11/Video小委員会委員。画像符号化の研究と応用開発、国際標準化に従事。

――初代のJPEG策定のお話ではデジタルカメラ黎明期とタイミングが合致していたので、参加企業が得られる先行メリットがはっきりしていました。ですが現在の状況からすると、規格に参加して得られるメリットを、IT企業が感じるのはなかなか難しい部分がありそうですね。

一番シンプルなシナリオは、プライバシー侵害が起こった時に、プラットフォームを提供している企業がユーザーから訴訟されて、法外な金額を払う必要に迫られたとしたら、そうならないようなシステムの策定に参加するメリットが大きくなると考えられます。

ただ、現状はそうなってはいないですよね。そのため、企業がユーザー個人が受けるプライバシー侵害による損害を防ぎ、安全を担保するために奮闘することにはなりにくいです。

2012年から活動を開始して今まで時間がかかっているというのも、そこが大きな問題になっています。初代JPEGの策定時は、技術開発側も新しいデジタル画像規格を意欲的に開発し、企業側も積極的に製品に反映するという流れがありましたが、今はJPEGが当たり前になってしまっているので、プラスアルファの機能開発のコストを誰が負担するかはすごく難しい問題になってしまいますね。

――JPEG プライバシー&セキュリティはそれ自体を規格としてリリースするのでしょうか?

いえ、そうではないです。JPEGは近年新しい画像規格「JPEG XT」を策定しています。この規格は初代のJPEGと互換性があり、HDR機能やロスレス対応が付け加わっていて、そろそろ実装して使っていただける状況です。

その前に初代JPEGの後継として策定したJPEG 2000という規格は、デジタルアーカイブやデジタルシネマ等の特定の用途・業界では成功しているものの、デジタルカメラでは普及していません。この経験から、カメラなど現在民間で多くの方に使っていただいている利用方法では、後方互換を切ってしまうと普及しにくいことがわかりましたので、後方互換のサポートは大前提にしています。

JPEGプライバシー&セキュリティはJPEG XTに載せられるように作っています。JPEG XTが普及したら、ある日アプリケーションを開くと画像保護の選択肢を出せるような状況になるのではと期待はしています。

――そうなると、ハードウェアをJPEG XT対応のものに買い換えた場合に、ユーザーから見れば自動的にJPEGプライバシー&セキュリティに対応していたというシナリオもありそうですね。

はい。後方互換性のある新規格の機能のひとつに、プライバシー保護の新機能がある、というかたちにできればと思っています。

本連載は次回で最終回。JPEG プライバシー&セキュリティのリリース予定などについてお答えいただきます。