日本IBMの橋本孝之社長は、2010年の方針として3つの柱を掲げた。
- 自由闊達な企業文化の醸成
- お客様への価値創造をリード
- 新規ビジネス拡大とパートナーシップ強化
そして、それを支える活動として、「良き企業市民としての社会的責任」をテーマに掲げる。
実は、これは2009年に橋本社長が掲げた方針とまったく同じ内容のものだ。かつて橋本社長は、筆者のインタビューにこんな風に答えていたことがあった。「同じことを話すと、また同じことを言っていると部下にいわれる。それを恐れる上司がいる。だから、新たなことを話そうとする。それは、私も同じだった。だが、本当にそれでいいのだろうか。徹底しなくてはならないことは、何度も繰り返して話さなくてはならない」-- それに気がついてから、橋本社長は繰り返し同じことを話すことを恐れなくなったという。
2010年の方針として、橋本社長が、昨年と同じ方針を打ち出したのは、これが、いまの日本IBMのなかに徹底しなくてはならないと考えているからだ。
話した言葉が違ったのは、昨年は「礎(いしずえ) - 次代への礎を築く年に」としていたキャッチフレーズを、今年は「真のTrusted Partnerになる年に」に変えた点。基盤づくりから実行の年へと変化を示したというわけだ。
方針説明のなかで、橋本社長が最初に説明し、さらに、毎回のように最も時間をかけて説明するのが、「自由闊達な企業文化の醸成」である。
その理由を橋本社長は次のように明かす。「ビジネスマンは1日の生活時間のうち、約3分の2の時間を会社に費やしている。その3分の2の時間が苦しかったり、やっている仕事が苦行であっては意味がない。社員がもっと楽しく仕事ができる環境を作ることが必要である」
橋本社長は2009年1月の社長就任以降、さまざまな手を打ち始めた。
たとえば、バリュー・プログラムと呼ばれる表彰制度はそのひとつだ。これは、自らの部下でも、別の部門の社員でも、顧客満足度の高い仕事など評価に値する社員をオンデマンド型で表彰するもので、表彰された社員は3,000円分の記念品がもらえる。2009年には、グループ全体で6307件、全社員の約30%が表彰された。「3,000円は少ないと感じるかもしれないが、それよりも自分の上司だけでなく、他の部門の管理職まで、自分の仕事を見て、それを評価してくれるという満足感を得られることが大きい。社員のモチベーションを高めるという点で大きな成果をあげている」と橋本社長は語る。
そのほかにも、四半期ごとに社長賞を表彰。これも、単に商談規模が大きいものを表彰するのではなく、規模が小さくても顧客満足度が高いソリューションに対して表彰するといった仕組みを採用している。
また、GMホットラインと呼ぶ「目安箱」といえる仕組みを用意。橋本社長に対して、社員が直接提言したり、意見を問うといったことができ、さらに、この内容をすべてイントラネットで公開する。社長と社員の双方向型コミュニケーションの実現にも乗り出している。
そして、橋本社長は、勤務制度についても大胆な施策を打ち出した。
2009年6月に開始したホーム・オフィス制度は、月に一度、会社に出社すればいいという制度だ。係長以上が対象だが、すでに30人以上がこれを利用しているという。「対象をさらに広げていくほか、ITを活用することで、会社に来なくても仕事ができる体制を取りたい。今後、ワーク/ライフインテグレーションを推進するという意味でも重要な制度になる」と位置づける。
さらに、短時間勤務のフレキシブル化にも乗り出す考えで、コアタイムの考え方を廃止し、前週に1週間分のスケジュールを出せば、1週間に1日2時間だけの勤務で済むという制度を試験的に開始したという。この場合、他の日は8時間の勤務とするなど、1カ月間の勤務時間は変わらない。「いまは15人の子育て社員を対象にパイロット的に運用している。近い将来は、介護をする社員などにも対象を広げたい」とする。
もともと日本IBMでは、ダイバーシティへの取り組みには積極的だった。女性の登用は、役員では4人、事業部長クラスでは約20人にまで拡大。24か国140人の外国人の採用や、障害者の雇用や子育て社員も働ける環境を作っている。「いま、日本IBMでは、多様性を意識することがなくなってきた。生産性の高い社員を雇用し、能力を発揮してもらうには、こうした制度を積極的に導入していくことが必要。いまや、そうした時代に入ってきたといえる」と橋本社長は語る。
実は橋本社長自身も、2010年には自らの勤務時間の70%を、顧客訪問や現場社員のために使うと宣言した。社長としては異例ともいえる現場主義の徹底だ。「2009年は60%の時間を使うとしたが、結果は55%だった。今年はさらに、現場に時間を割く」とする。
会社の課題解決に直結する取り組みであるとともに、橋本社長にとっての「仕事を楽しむ」手法のひとつなのだろう。
日本IBMでは、社員が働きやすい会社にするための施策が目白押しだ。こんなところから、日本IBMは少しずつ変わりはじめている。