ネット流行語大賞で落選した「なう」

2010年のネット流行語大賞の「金賞」は「そんな装備で大丈夫か?」というテレビゲームの予告アニメの中の台詞でした。ネット流行語大賞実行委員会(事務局・産経新聞Web面編集担当)の発表によると、18万8427人が投票した結果ということですが、不思議なことに「なう」はベストテンどころかノミネートもされていません。

「なう」とは今いる場所や状態を語る時に使われる言葉で、ミニブログ「ツイッター」を発信源として広がった「ネット語」です。

流行語大賞の本家である「ユーキャン新語・流行語大賞2010」では、「~なう」はトップテン入りし、「女子中高生ケータイ流行語大賞2010」では「なう(なうい)」として「金賞」に選ばれています。つまり、「なう」というネット語を選んでいないのは「ネット」流行語大賞だけ。

私なら、今年のネット流行語に「ぜよ」を挙げます。幕末に活躍した坂本龍馬の生涯を描いたNHKの大河ドラマ『「龍馬伝』のヒットと、龍馬ファンを広言するソフトバンクの社長である孫正義さんの「ツイート」もあり、「~ぜよ」という土佐弁がネットで多用されていたからです。そして龍馬つながりから、もう1つネットで散見されたのが「薩長同盟」。この続きは本編のあとにお話しましょう。

日本の夜明けが見えるぜよ

貸倉庫業を営むE社長は景気の先行きに危機感を募らせていました。少子高齢化が進むことで物流量が低下するのは自明で、同業者はいわゆる「団塊世代」のオジサン連中が仕切っており取り組みが遅いのです。過去の成功例と既存のビジネスモデルにしがみつくばかりで、明日が見えません。

「日本をいま一度洗濯致したく候」

E社長は坂本龍馬が姉の乙女に送った手紙の中の言葉に痺れました。日本史は不得意でしたが、「龍馬伝」から黒船来港に右往左往するだけで何も決められない幕府と政府を重ね、福山雅治演じる「坂本龍馬」を自分に置き換え、沈みゆく物流業界の「天翔る龍」にならんと決意したのです。以来、ツイッターでのつぶやきの語尾は「ぜよ」で結び、「我が成すことは吾のみぞ知る」と「龍馬語録」からコピペします。

龍の翼は「EC」です。中途採用した大手仮想ショッピングモールの元営業マンの提案です。

倉庫会社とシステム会社の手打ちは薩長同盟か?

ECの世界において、システムや技術に詳しい人間は多くても物流に疎いことが多く、そこに参入することで日本の夜明け、ならぬ新規事業を創出できるというのです。元営業マンがショッピングモール時代から付き合いのあるシステム会社を連れてきます。システム会社社長の「ネットはわれわれが、リアルはE社長。ECビジネスの"維新"を興しましょう」と煽ります。

元営業マンを陸奥陽之助(後の外務大臣 陸奥宗光)に見立て、海援隊を旗揚げした時の龍馬に自分を重ね悦に浸り、その心情をこうツイートします。

「薩長同盟ぜよ」

これは間髪入れずに「0.2」です。互いの得意分野で手を組むのはただの「業務提携」です。第一、物流業界では、ECへの取り組みは3PLやアウトソーシングとしてすでに行われており、「維新」どころか出遅れているといっても過言ではありません。

ここで歴史のおさらいをすると、「禁門の変」以降、薩摩藩と長州藩は敵対関係にありました。特に長州では、草履の裏に薩摩藩の「薩」の字を書いて踏みつけるほど薩摩を憎んでいたといいます。そんな両者が手を組んだことに新規性があるとともに、薩摩は「薩英戦争」、長州は「馬関戦争」と外国と戦火を交えることも躊躇しない「イケイケ」の大藩であったからこそ、幕府に抗する力が生まれたのです。

我が成すことは吾のみぞしるのか?

薩長同盟とは、ライバル関係にある大企業同士が手を組み「官」に挑むという図式で、あえて物流業界で例えるなら、次のようになるでしょうか?

「ヤマト運輸と佐川急便が手を組んで日本郵便の打倒を目指す」

そして龍馬気取りのE社長が、同盟(業務提携)の当事者であることが「0.2」である最大の理由です。脱藩したとはいえ、土佐藩出身の龍馬は薩摩の人間でも長州の人間でもありません。ネットの内外を問わずに流行した「なう」を選ばない「ネット流行語大賞」のように、掲げた看板と中身が異なっているのです。

どうしても龍馬をなぞりたいのであれば、ここは「海の海援隊、陸の陸援隊。龍馬と中岡慎太郎じゃき」とするべきでした。海の海援隊に対して、陸上の実働部隊として組織された陸援隊。そのトップを務めた中岡慎太郎は龍馬と同じ土佐の出身の盟友で、薩長同盟は慎太郎の主導だったという説もあり、「両雄」というイメージの「業務提携」にはうってつけの歴史エピソードなのです。E社長をはじめ「薩長同盟」を軽々しく用いる人に「龍馬ファン0.2」は少なくありません。

E社長の薩長同盟は暗礁に乗り上げています。薩長同盟を組むも、そもそも共有する目的はなく、共通の敵もおらず、提案者である陸奥洋之助はショッピングモール出身とはいえ、「大手」の知名度で仕事をしていただけで、ECビジネスを立ち上げた経験やスキルがなかったのですから。

「そんな薩長同盟で大丈夫か?」

この質問に対する「ネット流行語」的な回答は「大丈夫だ、問題ない」。 しかし、私の周囲では「なう」のほうが流行していました。ネット流行語大賞実行委員会には多くのポータルやSNS提供企業が参加しています。これらの企業が「なう」の発信元のツイッターと競合するところが気になります。

エンタープライズ1.0への箴言


「浅い龍馬かぶれは恥ずかしい」

宮脇 睦 (みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi