ポスト小泉構造改革の不発
政権交代に国民が期待したことの1つが「政治改革」ではないでしょうか? 族議員による利益誘導や党利党略を優先した国会運営といった、俗に言う「自民党型政治」からの脱却です。ところが、一番だったはずの国民の生活も置き去りに、党内抗争に明け暮れている民主党に失望している読者も多いことでしょう。私は2009年の衆議院選挙の前から、今の民主党の姿を予見していました。
その最大の理由は「俺は民主党の会社員」と広言する男が、立候補予定者になっていたからです。政治ビジョンや政策どころか自分もないというのが、彼が立候補を予定していた選挙区の民主党支持者の評価です。また「政治家になりたいだけの男」という声もあります。そしてそれこそが、党の選挙責任者に気に入られた理由だと、人々は口を揃えます。苦戦が予想された選挙区に送り込む「捨て石」にピッタリだというのです。党利党略が透けて見えます。
実際に彼の街頭演説を直接聴いてみると、理念も信念も内容もありません。立候補予定者がこれでは「政治改革」などできるわけがないと確信していたのです。
私は「小泉構造改革」にも懐疑的でした。重要事項として「国会改革」がはいっていなかったからです。
「先ず隗より始めよ 」
というように、自らに痛みを伴わない改革は必ず打算で破綻します。
背水の陣の構造改革の目玉は「抜擢人事」
後世、「年功序列」は時代の代名詞として歴史の教科書に載るかもしれません。なぜなら、それは「戦後復興から高度経済成長までという時代背景」、「団塊の世代という働き手」、「その上の世代が戦争により少なくなっている人口構成」という3つの要素の上に成立した歴史上希有なシステムだからです。
広告代理店のK社長は創業から数えて6人目の社長です。歴代で最も若い50代で就任したK社長の前には難問が山積しています。長引く不況に加え、インターネットが普及して新聞・雑誌などの「紙媒体」からの読者離れが経営に落とす影は色濃く、時代の変化に対応するための「社内構造改革」は避けて通れません。
就任直後、途中入社で入社2年目の営業部員を「構造改革プロジェクトリーダー」に据えました。50人規模の会社で5人抜きの「昇進」は創業以来、年功序列を守り通してきた会社にとって事件とも呼べる「抜擢人事」でした。コンピュータに詳しく、企画力に優れ、数字に明るい彼を「フラグシップ」として改革を進めていく狙いだったのです。
そして、フラグシップは辞表を提出した
改革に着手して3年目の秋口、フラグシップだった彼は辞表を提出しました。フラグシップはその間、新規事業を立ち上げ収益事業に育て、手書き伝票を電子化した功績は社史に残るほどで、作業効率を高めて生産性を飛躍的に上げました。問題は、K社長が望む構造改革が「0.2」だったことです。
新規事業の収益を伸ばすには営業活動を強化しなければなりません。新規事業に協力的な営業マンは少数派でした。仕事が増えることを好む社員は少数派で、新たな事業を前にナチュラルにサボタージュするのは生理現象です。何より、最古参で幹部候補と目されていた営業マンが非協力的だったのです。異例の昇進を果たしたとはいえ、組織では最古参の営業マンの部下という位置付けで、改革のための伝達事項は命令ではなく「お願い」としてしか出せません。こうした状況をK社長に直訴したところ、返ってきた答えはこうです。
「組織にはルールがある」
ハシゴを外されたフラグシップの耳にある情報が入りました。
「役員の給料は減っていない」
業績悪化を理由にその夏のボーナスは大幅削減されていたにもかかわらずです。新規事業の立ち上げには人手が足りず、自分の妻を会社に呼び出して仕事を手伝わせ、伝票電子化のために日曜日や祝日を犠牲にしたフラグシップのモチベーションが潰えた瞬間でした。
痛みを伴わない構造改革はありえない
少しK社長のフォローをしておきます。役員報酬は株主総会で図られたうえで承認され、特別な場合を除き、事業年度の途中で変更することはできません。もちろん、これは「建前」で「臨時株主総会」を開けば、役員報酬は簡単に減額できます。しかし、過去に例がないことから検討すらされません。そして、この役員報酬が「構造改革0.2」へと走らせた大きな理由です。
不景気の中で売上は下がり、社員のボーナスを削るなか、K社長の収入は増えていました。同社でも役員報酬の総額は年々減少傾向にありましたが、定年や病没で役員が減ると、残った役員で山分けする「慣例」があり、前社長の退任や非常勤役員の病没などで「頭数」が減ったことで「手取り」が増えていたのです。現在の制度や慣習によって甘い蜜をすする人が構造改革などできるわけがありません。
さらに、社長就任のプロセスは年功序列です。K社長が最年少創業メンバーで50代の若さで就任したのは、先代の体調不良によるものです。つまり、年功序列の否定は自らの正当性をぐらつかせる危険な思想です。フラグシップに期待したのは、年功序列を壊さない形での構造改革だったのです。
そうそう、前出の「民主党の会社員」は見事、議員となりました。2010年7月の国会で議員歳費の「日割り」は「自主返納」という形で実現しましたが、そもそもの給料が高いことは放置されたままです。CNNの報道によれば、ヒラリー・クリントン米国国務長官の年俸は18万6600ドル(9月17日現在1ドル85.78円で計算すると1600万6548円)であるのに対し、日本の国会議員の歳費は諸々ふくめて年間3,429万480円。もちろん、理念も信念も自分もない「民主党の会社員」にも満額支払われています。痛みがなければ危機感は生まれません。
エンタープライズ1.0への箴言
「経営者が痛みを感じなければ構造改革などできない」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。
筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは