マスゴミが好きなネットの住民

中川淳一郎さんの著書『「ウェブはバカと暇人のもの』では、インターネットが普及してから登場した「テレビは終わった」的な論について、ネット上で話題になるのはテレビで報じられた「ネタ」ばかりである事実を指摘して否定しています。

同じく、ネットでは「ゴミのような情報を流す」、「ゴミのように役に立たない」という揶揄から、既存メディアを「マスゴミ」と表現することもありますが、ブログやミクシィ、そしてツイッターで語られるものの多くは「マスコミ情報」です。ヤフーニュースやミクシィニュースに情報を提供しているのは大半が「マスコミ」なのですから当然です。「ネットの住民」はマスコミが大好きです。

一方のマスコミもネットとの距離を縮めています。急上昇した検索キーワードの紹介はワイドショーの定番となりつつありますし、東京MXテレビの「U・LA・LA@7」では2009年からツイッターを番組内で表示しています。このツイッターはマスコミ関係者を中心に広がっています。しかし、ネットとマスコミの急接近の影に0.2が生まれます。今回の主役は社長ではなくメディア人。

「書く」ことを邪魔する自己顕示欲

毎週平均3本の締め切りを抱えていると、「書けない」ことなど日常です。そんな時に「ネット」は優しく私を連れ去ります。ミクシィ、ソーシャルゲーム、ツイッター。「軽くチェック」だけのつもりが、1時間ぐらいを浪費するのはたやすいことです。

某大手新聞社のG記者もツイッターに「書けない、書けない」とつぶやきを繰り返していました。つぶやきは数分おきに書き込まれ、時折「締め切りがぁぁああああ」と発作を起こします。結論を述べれば、こうした現実逃避をしている時に記事は書けません。詩や短歌などの芸術作品と違い、客観性が求められる記事は俯瞰した冷静な視点が必要で、自分の置かれている状況を披瀝する自己顕示欲からは生まれません。

一方、ネットを活用するうえで自己顕示欲は欠かせません。すっかりテレビコメンテーターも板についた勝間和代さんはかつて、自著について言及するブログを見つけるとコメントを寄せ、トラックバックを貼っていました。それは批判的なブログでも同様で、「ネットの向こう側」にいる見ず知らずの人とポジティブに接するエネルギーは自己顕示欲が生み出します。

G記者はツイッターにのめり込みました。取材の裏話、編集に協力した書籍の宣伝、そして大好きな「アニメ」の話と、誰に問われることなく自己顕示欲を開放してつぶやき続けます。当然のようにiPhoneを購入し、いまでは自社の発信するニュースもiPhoneで見るとツイートします。フォロワーの中に「紙の新聞を買っている読者」がいるであろうという想像力は自己顕示欲が蹴散らします。

世界の中心はいつも自分―ツイッターで舞い上がる業界人

ここで、マスコミ関係者がツイッターにはまる理由について触れます。著名人の「コメント」が拾える、「トレンド」が見えるといった情報収集に加えて、自分が関係した番組や記事を自己宣伝できるのも大きな理由ですが、最大の理由は「ちやほや」されることです。マスコミ関係者はツイッターの中でモテるのです。

テレビ、ラジオ、新聞、雑誌といった、いわゆる「業界人」というプロフィールだけでフォロワーが急増します。身分を明かしたアカウントと隠したアカウントを公私で使い分けているある編集者は、同じようにつぶやいても後者は「誰も見ない」と言います。私の知り合いの記者や編集者に尋ねたところ、肩書きを公開している人は継続してつぶやいていますが、匿名の人はほぼ更新していません。マスコミがツイッターを過剰に持ち上げるのは、突然やってきた「モテ期」に舞い上がっているからなのでしょう。

上述したように、ネットの住民はマスコミが大好きで、マスコミの「中の人(ネットを中心に使われている関係者や担当者を指す言葉)」をフォローすることで裏話や内緒話を期待しています。だから「絡む(コミュニケーションを取ること)」時も褒めそやす単語を並べて気遣います。その結果、マスコミ関係者の自己顕示欲はむくむくと育ち、世界は自分を中心に回り始めます。

オタクとネットの非相似形

G記者がツイッターにはまっていることを知ったデスクが、「ネット最前線(仮名)」という企画を任せました。「フォロワーに問いかけ、そのリアクションから企画をブラッシュアップし、取材のアポをツイッターでとった」とツイートすると、フォロワーが「おめでとうございます」とゴマをすります。出来上がった記事を見てデスクは絶句しました。「涼宮ハルヒの憂鬱」「らき☆すた」「けいおん!」とアニメのタイトルが並ぶ記事だったのです。あまりのアニメの多さを指摘すると、育った自己顕示欲がデスクとの対決を迫ります。

「ネットで流行っているんです!」

結局、G記事はデスクを押し切り、記事は掲載されました。「らき☆すた」も「けいおん!」もネットで盛り上がっている話題ですが、ネットのすべてではありません。ネットは自分の好む情報に偏る特性があり、それは関連サイトを飛び回る「ネットサーフィン」に始まり、関心キーワードで探す「検索」、そしてツイッターのフォローとフォロワーの関係も同じで、自分の好みだけで構成された世界がそこに生まれます。

アニメオタクをツイッターで広言しているG記者の周辺には、マスコミ好きな同好の士が自ずと集まり「ちやほや」したことで、「自己顕示欲0.2」が生まれたというわけです。

自分の手に届く半径が世界のすべてと錯覚するのは、G記者だけではありません。書籍編集、雑誌記者などなど……ツイッターとマスコミの接点は「0.2」なネタの宝庫です。

※本稿はG記者の特定を避けるため、一部作品名などを「差し替え」ております。ご容赦ください。

エンタープライズ1.0への箴言


「関心空間は世界の中心ではない」

宮脇 睦 (みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi