リパッケージという政治手法

鳩山首相が辞任し、菅直人さんが総理大臣になった途端、20%を切っていた内閣支持率が60%に跳ね上がりました。"野党慣れ"していないせいでしょうか、この民主党のドタバタ劇を自民党は「表紙の付け替えだ」と批判しますが、批判する言葉の選択を間違えているのです。選挙対策として党首を入れ替える戦術は、民主党が批判し続けたように、もともと自民党のお家芸ですから「盗作だ!」と指摘すべきなのです。

「表紙の付け替え」を商売の世界では「リパッケージ」と呼びます。ジャケットを差し替えただけのCDアルバムや、サイズや量をかえただけの食料品などを"新商品"として市場に供給します。すると、菅政権が「新政権」と報じられているように、「新製品」という情報にメディアは飛びつき、見かけの新しさから売上増加が期待できます。もちろん、中身は同じですから、あくまで一時的な効果しかないのは政治と同じです。

検索エンジンは雑誌・新聞・チラシよりも費用対効果が高い!?

日本のネット業界は「リパッケージ」の歴史とも言えます。ツイッターを絶賛する書籍を眺めていて、軽いデジャブに襲われました。かつて「Web 2.0」や「クチコミ」を礼賛していた著者名が並び、ページをめくると切り口も文体も同じで、「自分で取り組まなければメリットも楽しさもわからない」と結論付けています。

「ツイッター」を「インターネット」や「ホームページ」、21世紀になってからは「メルマガ」に「ブログ」は「SNS」に入れ替えても同じことが言えます。つまりは「リパッケージ」。そもそも、この主張は「習うより慣れろ」に集約でき、28年前に放映されたテレビ番組「パソコンサンデー」で、Drパソコンこと故・宮永好道さんが提唱していたもので、ブームに合わせて表紙を付け替えているだけにすぎません。

少人数制エクササイズ教室を全国展開しているN社長に広告代理店から電話が入りました。

「検索エンジンで必ず1ページ目に表示される方法があります」

N社長の教室も不景気の波にのまれ、新規受講者が激減していました。雑誌広告を出しても問い合わせはほとんどなく、新聞広告は無反応でチラシ配布も散々です。一方、ネットの「キーワード広告」は高い費用対効果が期待できると、広告代理店の熱心な薦めに昨年から利用し始めました。

広告費を固定費で落とせれば得なのか

インターネット利用者の大半は検索結果からそれぞれのホームページへ辿り着きます。つまり、「検索するキーワード」が興味を持たれており、キーワードに関連する広告を検索結果に表示すれば、顧客が得られる可能性は高いと考えることができます。これが「キーワード広告」です。

主要な検索エンジンのヤフーやグーグルの検索結果に「キーワード」単位で広告を出せます。料金はクリックされるたびに課金されますから、費用対効果は一目瞭然で、クリック単価は入札制で1円からと安価であることも魅力的です。ただし、人気キーワードにはライバルもたくさん集まるため、安い入札価格では検索結果の何ページ目に表示されるかわかりません。そして、検索結果の上部という「特等席」の入札価格は高騰します。

さて、N社長に広告代理店が告げたサービスは「国内の主要検索エンジンの1ページ目に必ず掲載される」というものです。費用は年間50万円の一括払い。「必ず1ページ目に表示され、クリック回数に関係なく同一料金で、1つのキーワードに広告主は1社しか出稿できない」と電話口の広告代理店は希少性を煽ります。

N社長はキーワード広告に年間30万円ほど投じていたのですが、目に見えて入札価格が高騰しており、「固定費」で検索結果の1ページ目に表示されるなら「お得」と算盤を弾きます。

「慣れ」が引き起こす失望

年間50万円のキーワード広告は「検索結果の1ページ目」に表示されることを保証していますが、場所までは保証していません。スクロールしなければ見ることができない「1ページ目の一番下」に掲載されることもありえるわけです。つまり「1ページ目」と「特等席」は同義語ではないのです。

筆者の研究では、キーワード広告で効果が期待できるのは3位以内で、それ以下になるとクリック率は極端に落ちてしまいます。これはオーガニック検索(広告ではない検索結果)もほぼ同じで、「1ページ目」でもスクロールした先に表示されるなら集客効果はあまり期待できません。

N社長は新聞、雑誌、チラシと、広告媒体を次々と変えてキーワード広告に辿り着きました。そして、「1ページ目表示の広告」に乗り換えようとしています。実はこれ、広告代理店の得意とする「リパッケージ0.2」です。どんな広告でも始めた当初は反応がよいのは、その媒体を利用している客にとって新鮮だからです。効果が薄れたら、別の媒体に乗り換えます。また、次々と別な提案を行うことでクライアントの興味を惹き付けておくこともできます。広告の中身やプロモーションの仕掛けに知恵を絞らず、「表紙の付け替え」だけで客が金を払うのですからやめられません。

N社長が失敗した理由の1つは、新聞・雑誌の広告効果が薄れていくなかで、すっかり「失敗慣れ」していたことです。日本国民の政治への失望と重なります。「失望慣れ」しすぎて、政治の中身も見ずに「政権交代」という言葉だけに希望を見いだそうとしたように。

「リパッケージ」によく似た言葉に「リパック」があります。スーパーマーケットで売れ残った肉や野菜を、新しく「パック」しなおして賞味期限を改竄して消費者を騙す悪質な方法で、主要大臣をそのままにパックを変えたどこかの与党を思い出すのは気のせいでしょうか。

エンタープライズ1.0への箴言


「本質を見なければ手段を変えても解決はしない」

宮脇 睦 (みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi