日本代表、初のアウェーでの決勝トーナメント進出
我らが日本代表がサッカーワールドカップ南アフリカ大会で決勝トーナメントに進出し、日本中が沸き立ちました。すべてのニュース番組、ワイドショーで本田圭佑選手、遠藤保仁選手、岡崎慎司選手のゴールシーンがリプレイされ、岡田武史代表監督のインタビューが繰り返し放送されます。大会前の期待が薄かっただけに歓びも大きく、監督の評価は赤丸急上昇で、掌返しを自嘲する声もありました。
しかし、掌返しは当然です。勝負の世界は「勝てば官軍」で、負ければ国賊扱いを受けるもの。元日本代表監督ジーコは「勝てば選手の力、負ければ監督の責任」と言いましたが、彼と彼の前任のフィリップ・トルシエが受けたバッシングに比べれば岡田監督への批判はとても可愛いものでした。
第一、本番直前のテストマッチで4連敗し、今大会で大活躍した本田選手や松井大輔選手を重用しなかったのは岡田監督自身です。つまり大会前の批判は当然で、失敗への批判がその後の快進撃に繋がったとも言えるのです。成功だけしか見ない「結果論」は問題の本質を見誤ります。
今回は、成功だけしか見えていない社長が振りかざす「結果論」にフォーカスします。
大企業の担当者がわざわざ足を運ぶ企業
ユニクロが中国の労働賃金上昇からベトナムやバングラデシュへと生産拠点を分散してリスクを回避しているように、アパレルメーカーの「脱中国」の動きが加速しています。しかし、中国の人件費が上がっても工場が日本に帰ってくることはなく、日本の縫製業界に明るい話題は多くありません。
アパレル系コンサルタントが主催したセミナーで、縫製業のT社長は「成功者」として紹介されます。厳しい状況にも負けず、インターネットをきっかけに売上を伸ばして奇跡のV字回復をしたというのです。会場は満席で、ライバル企業が隅にいるのを目ざとく発見したT社長は当てこするように言います。
「お客のほうから当社の工場に足を運ぶのです」
取引先は世界大手のソフトメーカー、老舗企業、一部上場企業と挙げる名前は豪華です。問い合わせに対して「こちらから打ち合わせに伺います」と答えても、大企業の担当者がわざわざ足を運んでくると胸を張ります。
3位狙いという独自のノウハウの裏事情
そして、T社長は具体的なノウハウを惜しげもなく語ります。インターネットで成功した理由は「B to B(企業間取引)」に特化したこと。T社長の工場は東京近郊にあり、ホームページで「東京」を強調し、法人客の「工場を見たい」という欲求を満たしたことが「足を運んでくる」要因だというのです。
また、キーワード広告は3位を狙うことで予算を抑えて効果を得ることができ、さらに、利用者にアンケートを求めて不満や課題を「カイゼン」することでリピート率アップに成功し、安定した売上を達成しました。今では集めたアンケートが札束に見えるといいます。
T社長の成功に嘘はありません。出入りの会計士の話では売上不振に「廃業」も考えていたところ、ホームページのリニューアルをきっかけに受注が飛躍的に伸び、今では隣接する土地を買い占め、新工場を建てるほどに成長しています。しかし、すべては「結果論」にすぎません。
まず、「B to Bへの特化」に信念があるわけではありません。2008年のリーマンショックでBtoB市場が冷え込んだ頃、T社長は「B to C(消費者との直接取引)」に舵を切ろうとしていました。法人需要に比べ、個人需要は景気の波に左右されないと考えたのは「ユニクロ」の快進撃を羨んでのことです。
しかし、この計画は3ヵ月後に頓挫します。若手社員を「部門開発専任部長」に任命して全権委任したといえば聞こえはよいですが、実態は丸投げで、新規事業を立ち上げる能力も経験もない若手社員は途方に暮れ、まもなく辞表を書きました。そして、計画は放置されます。T社長には戦略的思考も人材育成のノウハウもないのです。
T社長の話は「成功した事例」をつなぎ合わせた「結果論0.2」です。成功した理由と彼が語る「B to B」そのものが彼の発案ではないのです。
過程がなければ論理は成り立たない
B to Bへの特化は、ホームページのリニューアルを手がけた制作業者がT社長のビジネスモデルと保有するノウハウから「小売りは不向き」として提案したものです。東京近郊を強調したのも制作業者のアイデアです。東京のオフィス街を「仮想客」とした場合、都心に近い会社のほうが客先担当者が安心するという狙いです。客の声を集めるのも、キーワード広告への出稿も業者の提案です。親の代から縫製業を営むT社長に「仮想客」という発想はそもそもないうえ、客の声を聞く耳もなく、広告と言えば「駅の看板」だったのです。
T社長のオリジナルは「キーワード広告3位」だけです。確かに「3位」は「1位」より予算を抑えることができますが、ヤフーリスティング広告などのキーワード広告は入札制で、「3位」になるには「2位より安い金額かつ4位より高い値段」で入札しなければなりません。実現するにはカンが必要で、職人の息子として育ったT社長らしい結論かもしれません。
グループリーグを突破したことで岡田監督の評価が上がるのは当然ですし、最終的な決断は彼の手柄です。しかし、テストマッチで連敗したことを踏まえての結論であることを忘れてはなりません。なぜなら、失敗とは「ダメだとわかった経験」であり、成功への過程だからです。T社長は成功しか記録していません。そのため、B to Bは自分の発案となり、B to Cの失敗は消去されました。だからなのでしょう、最近またT社長は「個人客が狙い目」と社員に語っているようです。
エンタープライズ1.0への箴言
「結果から語られる成功話は役に立たない」
宮脇 睦% みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。
筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは