スマートフォンを欲しない若者たち

インターネットに始まり、電子メール、写メール、着うた、動画にGPS、ゲームもできてラジオやテレビも楽しめる。そして、定期券にお財布と進化したケータイ。増えすぎた機能を使い切れないと疑問視する声もありましたが、さらに利用範囲の広い「iPhone」の登場がその声をかき消しました。加えて「アンドロイド携帯」の登場で「スマートフォン」への注目がさらに高まったと言われています。

ところが、「ニコニコ動画」が行ったアンケート調査で面白い結果が出ました。現在、スマートフォンを所持していると回答した人は9.5%、ケータイのみを所持している人が80.1%だったのです。

そして、スマートフォンを持っていない人の約半数である49.5%が、今後も積極的に購入しようと考えていないとのこと。ちなみに、「やや購入したい」も含めた購入派は25.8%、どちらとも言えないが24.6%でした。「現在使用しているケータイで充分」という声の最多は20代です。

1つのアンケートをもって結論を述べるほど傲慢ではありませんが、21世紀も10年目を迎えての仮説はこうです。

「新しいものが良い」は20世紀の価値観

バブルをフィナーレとする経済神話での価値観だったのではないかと。今回は「時代のキャッチアップ」における0.2についてお話しましょう。

変化がすべてに勝った良き時代

筆者は20年前、初めてMacintoshに触れてその操作性に感動しました。しかし、当時のMacで日本語を扱うには高度な専門知識が必要であり、素人には敷居の高いマシンでした。

時を経て広告代理店に潜り込み、コンピュータでデザインをするDTPに取り組むことになりMacと再会します。文字入力が「漢字TALK」から「MacOS」へと進化した時期で、さしたる知識がなくても日本語が使えることに驚きました。その頃からDTPソフトは飛躍的な進歩を遂げます。何より、「飛ぶ(フリーズ)」ことが激減して作業効率は飛躍的に向上し、徹夜仕事を深夜残業にまで短縮しました。

C社長は高度経済成長期に用紙会社の営業マンから印刷会社を起こしました。安く買い叩かれた紙が「印刷」されると高く売れることを知っての転身です。苦労に比例して商売は育ち、労を惜しまなければビジネスチャンスは転がっています。

「何でもできます」を口癖にフットワーク軽く飛び回ることで商売は大きくなり、C社長は事務所を拡大しました。設備投資を繰り返すのは、新たな機械が発売されるたびに性能が高くなり生産性が向上するからです。購入するための借金もインフレ経済が相対的価値を下げて負担を軽くします。つまり、時代にキャッチアップすることが最上の営業戦略だったのです。

専門知識を不用にしたDTPソフトの功罪

印刷には「版下」という「原版」が必要で、かつては1文字単位で文字を用意する「写植」の専門業者に依頼していました。これが、DTPの導入で内製化され、結果として、コストと納期がカットされて利益が積み上げられます。

先ほど触れたように、DTPはコンピュータを使います。新しいものにキャッチアップしてきたC社長ですが、コンピュータは苦手でした。しかし、高額の給与でDTP技術者を採用してDTP機器を導入しました。

なぜなら、普及期に突入した当時のDTP機器はひと揃え数百万円で、現在と比較すれば高額とはいえ、会社案内に使う簡単な「地図」で30万円を請求できた時代なら元を取るのは簡単だったからです。

時は流れ、コンピュータに抵抗を感じない若い世代が入社し、DTPソフトの操作を覚えて安い給料で働いてくれます。さらに、ソフトの進化は「色分解」や「ぼかし」といった高度な技術や専門知識を不用にします。10万円以上する高額なDTPソフトも珍しくありませんが、毎月払う給料よりは安いと、C社長は新製品がでるたびに買い込みます。

21世紀に突入してからC社長の快進撃に陰りが見えました。新しい機械やソフトにキャッチアップしても、目に見える利益が上がらなくなったのです。C社長は「キャッチアップ0.2」です。

機械の進化は「高速化」を、同じくソフトは「多機能化」へと進みます。そして、1秒間に数万回の計算ができるスペックも、なぞるだけで立体を描ける機能も、人間が命令を出さなければならず、それらに応じた技術と経験が不可欠なのですが、C社長は機械やソフトの進化がそのすべてを解決してくれると信じて疑っていません。また新機能や新製品を導入するたびに、「覚え直す」時間がコストを積み上げて利益を圧縮することにも気づかずに、キャッチアップは繰り返されます。

ガラパゴスにスマートフォンは必要か?

日本の携帯電話市場はしばし、独自の進化を遂げた生物が住む島「ガラパゴス」にたとえられます。この言葉の裏側にはグローバル化できなかったことへの批判が込められており、返す刀でグローバルなスマートフォンを礼賛します。

しかし、ガラパゴスには天敵になる大型の陸棲哺乳類が存在せず「生物の楽園」と呼ぶ人もいます。日本製の携帯電話も視点を変えれば「ユニーク」であり「オンリーワン」です。ところが、今、小型PCのようなスマートフォンが礼賛されています。グローバルにキャッチアップすることに夢中になり、大切な何かが見失われていないでしょうか?

そして、20代の若者は日本製のケータイで充分と答えます。20世紀に多くの時間を過ごした人間と便利が当たり前になった21世紀に育った若者では別の価値観が生まれつつあるのかもしれません。

エンタープライズ1.0への箴言


「新しければいい、というのは20世紀の価値観」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi