リーダーは是か非か

Web2.0とは、インターネットの潮流を表す言葉とされています。ひとつの具体的なサービスや技術を指すのではなく、いくつかの「トレンド」の総称といったところでしょうか。そのトレンドのひとつに「みんなの意見を集めれば正しい答えに辿りつく」という考えがあり、「集合知」と呼ばれます。必要な情報を与えられた集団は、リーダーの判断よりも正しい答えを出すのではないかという「仮説」です。

これは机上の空論。大衆を馬鹿にしているのではありません。分母となる集団の「偏り」を避けるためには、個々人の教育や生活レベル、思想信条が均一であるか、利害関係者や人口比率が等しく分布しているという条件が不可欠であるのは統計の基本です。つまり、条件を満たす「集団=みんな」は限定・選別が不可欠で、基準を定める社会階層=リーダーによるバイアスがかかり、「リーダーの判断よりも」という論理が破綻します。特定の条件下での「集合知」なら否定しませんが、拙著「Web2.0が殺すもの」で指摘したのですが、Web2.0には「地球市民的平等主義」の影がちらつき空論を弄びます。

M社長は会社の方針を社員に尋ねます。社員の業務も「みんなの意見」を尊重します。とても「民主的」なリーダーのようですが、実際の運営を見てみると場当たり的に迷走します。「みんなの意見」に振り回されているからです。彼らを「集合知0.2系」と呼びます。ご用聞きはリーダーの仕事ではありません。

カイゼンもみんなの意見で

M社長の会社はオフィス機器を販売しており、都内近郊に数店舗を持っています。各店の在庫を共有することで、品数に厚みを出しているのですが、POS等の本部管理システムを導入するほどの規模でもないと、在庫情報は「エクセル」で閉店後に集計され、各店にメール送信されます。

前日までの情報はこれでわかるのですが、当日の各店の状況は本部との電話連絡です。最大の問題は「品切れ」です。本部も店頭販売しており、接客中に鳴る電話は放置され、連絡の行き違いでのトラブルが悩みの種でした。そこで、みんなの意見をもとにルールが決められました。

「売れたらメール」

本部が電話対応できなくても、各店にメールが届けば在庫状況を共有できるというものです。CC(Carbon Copy、宛先の他に送付メールアドレスを指定し同時送信すること)で送るので、一回のメールで情報共有できるという狙いです。みんなの意見で始まったこのルールの寿命は1週間でした。殺したのも「みんなの意見」です。

みんなの意見で正論が引っ込む

施行当日からメールを打つものはなく、「初日だから」「自分ぐらいなら」と本部の電話が鳴ります。ほとんど守られないルールに翌週の会議で意見を求めると、唯一の女性店長が切り出します。「接客しているといちいちメールを見ていられない」。各店長が「そうだそうだ」と尻馬に乗ります。

接客、掃除、片付けに忙しくパソコンをチェックするのを「忘れる」と続けます。代案として「携帯メールに転送」が出ましたが、「携帯はプライベートのものだから」という呟きが会議を支配します。M社長は強制しません。仕事上の約束を「忘れる」ことの是非は棚上げにされ、メールでの情報共有ルールは廃止されました。ちなみに、ここの店長達は勤務時間中に互いにプライベートな内容の携帯メールのやり取りをしています。

みんなの意見はあやふやなもので、「言うだけの環境」と「行動する状況」の違いで、同じ人間が反対の意見を述べることは珍しくありません。「税金の無駄遣いはいかん」と、ある塗装業の社長が憤慨しているので、「それではその税金の仕事が貰えるとしたら?」と尋ねると「貰う」と間髪いれません。みんなの意見は「机上の空論」に傾きやすく、リアルな社会で「集合知」を手放しに認めるのは幼すぎます。

優しい悪魔

メールは無理という結論となりました。そこで多少手間暇はかかりますが、グループウェアの導入を検討することになりました。導入の決定ではなく、検討というところがとても日本人的です。社内で一番ITに詳しい常務を中心に進めることが「決議」され、付帯条項として「時間があるときに取り組む」が加えられます。当然のように常務の多忙を理由に放置されます。時間がないから仕方がない。 

みんなも賛成したのだから同罪。みんなの意見とは責任を分散させ、うやむやにする方便に使われます。

「集合知0.2系」のM社長は、人当たりの優しい理想家です。しかし、社長の仕事は「いいひと」と呼ばれることではありません。鳥取県の小学校では20年間ぶりに「学級委員長」が復活すると話題になりました。報道によれば、「平等主義」から廃止していたといいます。「ローマ人の物語」の著者、塩野七生さんはテレビのインタビューにこう答えていました。「リーダーのいなかった時代はない」。教育と歴史を同列に語ることに異論があるかもしれませんが、この平等主義が経営に影を落としている場面に出会います。「政局」同様に「リーダー不在」は企業を迷走させます。

エンタープラズ1.0への箴言


「社長の最大の仕事は決断。みんなの意見を無視する勇気が経営には必要」