「お客様が神様」という言葉の真相をご存じか?

昭和のエンターティナー故三波春男さんは言いました。「お客様は神様です」。これが"クレーマー"や"モンスターコンシューマー"の論拠となっていることを、三波春男さんは泉下で嘆いていることでしょう。「三波春男オフィシャルサイト」にある生前のご本人の言葉は、客の「上から目線」を肯定していません。人柄溢れる原文はサイトをご覧いただくとして、要約するとこうです。

「神に祈るように雑念を払い、まっさらな心で歌う。そして演者がお客様を歓ばせるのは絶対条件。すなわち客は絶対者である神様」

芸への信仰と演者としての観客へのミッションが融合しての台詞であり、演者と客やファンの関係は仰ぎ見るものでも見下すものでないということです。

一方、「顧客目線」という言葉を、不祥事から出直す際に企業トップがよく口にします。また、新サービスの開始時にもよく使われています。しかし、商売は客がいて初めて成立するものであって、顧客の目線に何が映り、求めているかを考えるのは当然のこと。それをわざわざ言葉にしなければならない心根に、三波春男さんの誠実さを見つけるのは困難です。

今回は、メジャーデビュー直前のインディーズバンドがファンの気持ちを無視したことで空中分解してしまった「オフィシャルサイト0.2」のお話です。

勝手サイトながら、オフィシャル張りに大盛況

インディーズのロックバンド「Z」の「勝手サイト」はファンの交流の場となり、盛り上がっていました。「勝手サイト」とは、元はNTTドコモのインターネットサービス「iモード」が認めていない「未公認サイト」を指していたのですが、今では「オフィシャルサイトではないサイト」という意味で使われています。

「勝手サイト」とはいえ、最新情報が掲載され、メンバーや関係者が匿名で掲示板に書き込んでいることはファンの間では公然の秘密で、事実上の「オフィシャルサイト」として扱われていました。「Z」には一世風靡した大物プロデューサーがついており、彼のファンも集い、独自で有料の「トークショー」を開催してチケットを完売するといった活動も活発です。

サイトの盛り上がりと連動するように、バンドの注目も高まり、「メジャーデビュー」を待つばかりとなった頃、インディーズバンドは「オフィシャルサイト」を開設すると発表しました。デビューする以上、「勝手サイト」ではなく「オフィシャル」を持たなければならないというバンドリーダーの友人「K」の提案です。

オフィシャルサイトのくせに勝手サイトにデータ要求

オフィシャルの発表を受け「勝手サイト」は閉鎖しました。当初は「勝手サイト」をサテライト的な位置付けで運営するという案もありましたが、これにオフィシャルサイト提案者のKが反対したのです。

ファンを混乱させないためにも一本化したいというのが表向きの理由。「オフィシャルサイト」の運営会社を設立し、Kが社長に就任します。この会社を経由してバンドのオリジナルグッズの販売を目論んでおり、ファンが「勝手サイト」に集まってしまっては旨味が減るというのが真相です。

時代背景に触れておきます。自民党が圧勝した「郵政解散選挙」のちょっと前、「ブログ」の大ブレイク前夜でした。当時、見栄えの良いホームページを作るには制作業者に発注するのが当たり前でしたが、Zは注目されている割にはホームページを業者に作らせる資金がありません。

ミクシィの「自画像」にタレントの写真が無断掲載されている今では笑い話ですが、掲載する写真の肖像権の取り扱いはデリケートな問題とされており、大物プロデューサー自身は動けませんでした。そこで大物プロデューサーのマネージャーが「個人的に応援するサイト」という苦肉の策が「勝手サイト」だったのです。

Kの会社はこの間隙を縫って設立され、契約が交わされた以上、法的正義はKに移りました。

「今まで応援してきたのに」

という恨み言をこのマネージャーは言いませんでした。マネージャーの誠実な人柄は、ファンの間でも有名で、サイトの盛り上がりもそれに負うところが大でした。

オフィシャルサイトの開設が8月と発表されたのは4月。雨雲がどっかり腰を下ろした7月になり、マネージャーの携帯電話が鳴ります。発信者はKです。

「勝手サイトのデータをくれないか」

オフィシャルサイトは出来そこないの通販サイト

論旨はこうです。

「こちらはオフィシャル。ファンならデータを差し出すのが当然」

Kはファンとグルーピーを混同しており、望めば何でも差し出すと思っていた節があったうえ、マネージャーが個人的趣味でバンドを応援していると思っていました。

Kはバンドリーダーの友人というだけで、バンドの楽曲をまともに聴いたことがなく、ホームページも作ったことがありません。サイト作りを業者に発注したものの「原稿」がなければ制作業者も何もできません。バンドのメンバーは愛すべき「音楽バカ」。音楽しか考えておらず、ファンの気持ちには鈍感です。つまり誰ひとり客の求めるコンテンツが分からなかった「オフィシャル0.2」です。

勝手サイトは、東奔西走するマネージャーの姿を見かねて、友人である会社社長が協力を申し出て、ポケットマネーで制作業者に依頼したものでした。これもマネージャーの人徳ですが、オフィシャル発表時の「忘恩」を会社社長は許さずにこれを拒否しました。

そして約束の8月。公開された「オフィシャルサイト」は「オリジナルグッズ」の通販サイトでした。ファンは「2ちゃんねる」でオフィシャルへの不満を並べ、ファンに見放されたバンドはすぐに空中分解したのでした。

お客様は神様です。エンタメの世界も普通の商売も製造業も。もちろん「正調 三波春男語録」として。

エンタープライズ1.0への箴言


「ファンは人間。客も人間も。企業も人間」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi