ゴーストライターがいたから著書を出せた土建屋社長
打ち合わせのため訪問した土建屋で通された応接間には、社長名の入った本が書棚に並んでいました。書棚は人の嗜好や思想を知るよすがとなるので、さりげなくチェックするのは営業マン時代に身につけた技術です。そして、執筆の苦労を訊ねると、呵々と笑い「俺に書けるわけないだろう。しゃべったことを出版社がまとめたんだ」と答えた社長。著者は大きく分けて3つのタイプがあるといいます。
ほぼ原文のまま公開できる「完全型」、編集者が前後の文章を入れ替え、時に加筆修正する「編集型」、そして語り下ろしを基に編集者が文章に仕上げる「丸投げ型」です。土建屋の社長は丸投げ型で、書籍は編集者が「ゴーストライター」となって書いたものです。
ある編集者はこう愚痴をこぼします、「直しが少ない著者はありがたい」。直しとは文章や構成に手を加えることで、裏を返せば直しが不可欠な著者は多いようです。出版では発想や経験、ノウハウといった「プラン(企画)」の面白さが優先されるからで、文章は……企業努力でどうにかすると、その編集者は苦笑します。ちなみに私の原稿はすべてほぼ原文で……誤字がそのまま公開されているかどうかは秘密です。
今回は、プランは辛うじて持っていたけれどそれを実行する能力もなければ、代わりに実行してくれるゴーストライターもいなかった「プランナー0.2」のお話です。
マニアが細分化されている「格闘界」を狙うという戦略
某通信系大企業直営のコンテンツ提供会社が新しいサイトを立ち上げました。月曜日から土曜日まで日替わりに更新される週刊コンテンツが目玉で、コンセプトは「マニア向け週刊誌」。ミ リタリーから鉄道オタク、アイドルにヤオイまでジャンルを問わず情報を発信していく予定です。特定読者を対象とした企画を紙媒体で発行すると多額の費用が発生しますが、Webなら取材費や執筆料などの「原価」に抑えることができます。マイノリティなマニアでも幅広く日本全国から集めれば、一定の利益が見込めるという「ロングテール理論」的な目論見です。
ツテを頼りに人を集め、企画会議が開かれました。席上でフリープランナーを名乗る「I」が「格闘技」を提案します。「プライド」や「K-1」の派手なイメージとは異なり、小規模な団体が多く、 種類や流派により細分化され、まるで「乗り」「撮り」「時刻表」と嗜好が分かれる鉄道マニアのようだと、格闘界を説明します。
続けて、「I」は数々のプランニング実績を披露したうえで、格闘界に「顔が利く」として、元カリスマ格闘家がアドバイザーを務める新団体のエース級の選手を引っ張ってくることができると言います。これを聞いた親会社の大企業から派遣された責任者は飛び上がって喜びました。人脈の大切さはサラリーマンなら誰でも知っていることでしょう。他のサイトに企画が持っていかれてはならないと、請負契約だった「I」を課長待遇(ディレクター)として契約しました。
中学生の悪ふざけレベルのコンテンツ
Iが連れてきたエース級の選手はSで、コンテンツプランはS選手の「本音トーク」でした。リングの上からは伝えられない「思い」や「考え」を毎週公開することで、マニアのアクセスを狙います。初回は「格闘技を始めた理由」、次が「格闘界について」、3回目が「これからの格闘界」。そして4回目は「Sと食べる美味い店」。
語るネタが尽き、取材企画に切り替えたのですが、S選手は格闘家であってリポーターではありません。普通に食事し、Iディレクターと交わした雑談がサイトに公開されます。雑談も中学生レベルの内輪ネタで、初めて会った時の話をとりとめもなく語るだけです。そして5回目は試合前を理由に休み、その後は自主的に隔週や月刊となります。
先の会議で「格闘技マニアは熱心で優しい」とIディレクターは熱弁を振るいました。遠くの会場にも駆けつけ、マンネリな内容でも応援してくれ、競技そのものを愛してくれると。そして、その場が「Web」にあればマニアの集うサロンのようになり、サイト全体の盛り上げに役立つというのがIディレクターの売り込みでした。ところがアクセス数は少なく、肝心のコンテンツも更新されることは稀です。
たくさんのお調子者が踊るIT業界
実は団体のエースはS選手の同僚。この団体は旗揚げしたばかりで、所属選手は2人しかおらずエースの次席という意味で「エース級」だというのがIディレクターの論拠ですが、S選手のファンはマニアの中のさらに少数派で、彼の悪ふざけを待っている客はさらにマイノリティーでした。
そして、更新が滞った理由はIディレクターがコンテンツを作ったことがなかったからです。知人のツテを頼りに末席を汚したコンテンツ会議や、編集者に丸投げした記事を自分の実績として披瀝していただけで、一から企画を立ち上げて継続し続ける経験はなかった「プランナー0.2」です。また、格闘家とのつながりも知人に「お願い」して居酒屋で数回飲んだだけの間柄です。このサイトは1年ちょっとで事実上の閉鎖となりました。
あまり大きな声では言えないのですが、Iのような人間は「IT業界」によくいるタイプです。部下のアイデアを自分が考えたように熱く語る社長、酒席の雑談で新サービスが成功するとサジェスチョンを与えたのは自分だと自慢するコンサルタント、会ったこともない著名人との会話を創作するセミナー講師、身内で作った協会の理事に納まり理事長と呼ばれて悦に浸る自称起業家がいるとかいないとか。ゴーストライターにも書けない創作話がまことしやかに語られます。そして、IT系出版業界にも活躍するゴーストライターがいるとかいないとか。
しつこいようですが、私の文章はほぼ原文。ほぼと書くのは時々、毒が強すぎて編集サイドで「自主規制」することがあるからです。
エンタープライズ1.0への箴言
「口先だけなら何でも言える。だから、必ず発言の裏付けを求める」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。
筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは