フォルクスワーゲンの手口
世界を震撼させたフォルクスワーゲンの排ガス不正問題。ざっくりと不正の手口を説明すると、自動車にインストールされたプログラムが「テスト走行」だと判断すると「エコモード」に切り替わる、いわば「不正専用プログラム」によるものです。これを日経新聞は「手の込んだ不正」と報じます。
大胆な手口ではありますが、プログラマーから見れば、むしろ単純な方法。そこに組織的関与と明快な悪意を見つけるのですが、プログラムにおいて最も難しいのは「汎用性」を持たせることで、フォルクスワーゲンの手口はこの対極にあります。
少し考えれば分かることです。坂道にだけ強い、渋滞でベストパフォーマンスを発揮するようにプログラミングされたエンジンは用途が限られます。どんな状況下でも最適なパフォーマンスを実現させるのが理想で、これが「汎用性」です。
フォルクスワーゲンのプログラムは、テスト走行を検知してエコモードに切り換えるだけ。坂道専用とさして変わりはしません。プログラマーが頭を抱えたとするなら、良心の呵責に対してぐらいでしょう。とはいえ、この「専用プログラム」は、日本企業にとって対岸の火事ではありません。
コンピュータ=未来
物流業界では、超大手を除きIT化が遅れていました。定期運行を主とする会社なら「Excel」程度で間に合い、日替わりで取引先が変わるビジネスモデルなら、電算処理のための書式作りが難しく、従来通りの手書き伝票が幅を効かせていました。そんな業界でありながら、昭和時代から「電算化」を実現していたのが中堅のM社。
導入当初は、メーカーが提供したプログラムを使い、派遣されてきたオペレーターが操作していましたが、お世辞にも快適といえる代物ではありませんでした。伝票の印字速度が手書きよりも早いという程度で、業界全体での導入が伸びなかった理由でもあります。それでもM社が、導入したのは「コンピュータ=未来」という昭和時代の発想です。
ある日、派遣されてきたオペレーターはコンピュータの専門学校に通う学生でした。彼はプログラムを組め、地域毎の売上集計など、実務に沿った機能の追加を実現できると話します。渡りに船と、M社はこのオペレーターを"ヘッドハンティング"して開発者に任命します。派遣元には無断での採用でしたが、そこらの取り決めのゆるい時代の話です。専門学校を中退し、M社に入社します。
そして専門化へ
十数年にわたり、専門プログラムを開発し続け、問題なく稼働し続けていました。業績への貢献もありました。ところが、複数の協力会社との間で、ネット回線を用いての並列処理が必要となり、専用プログラムの問題が発覚します。「データの互換性」に致命的な問題があったのです。
元オペレーターが開発した専用プログラムは、隣接するデータであっても、別のフォーマットで処理されていました。例えば、日報を集計して月報にするのではなく、日報と月報をそれぞれ別のデータベースで処理していたのです。配送ドライバーの歩合給を計算するために「月報プログラム」が開発され、取引先への報告として「日報」が作成され、それぞれ別の内容をカウントし、それぞれを紐付け(関連づけ)しなかったことが理由です。
つまり、対外的な「取引」と、社内の「管理」を混同した設計になっていたのです。そして両者の「ズレ」は「ズレ解消専用プログラム」で解決します。なお「解消プログラム」を走らせている間は、リアルの作業は「休憩」に入るよう、社内体制がプログラムに合わせていました。
協力会社に休憩を強いることはできません。この頃になると物流業向けのパッケージソフトが登場しており、こちらへの乗り換えが決定します。
まったく笑えない話
移植のためには、これまた「専用プログラム」の開発が必要で、元オペレーターの試算によると、それが完成するのは新システムが稼働してから1年後。ならば「再入力」する方が早いという結論となり、十数年間のストックされてきたデータを破棄した「プログラム0.2」な事態が起こりました。
M社を笑えない事態が起こっていると耳にします。某メガバンクの経営統合にともなうシステム統合です。あくまで噂に過ぎませんが、統合前の各社は、それぞれ「専用プログラム」を開発しており、どのプログラムをベースにするかの主導権争いが激化し、暗礁に乗り上げているというのです。
単なる主導権争いではなく、それぞれが自社のプログラムを一番だと思い込んでいるのかも知れません。それは「汎用性」を置き去りにしての開発を示唆しています。特定の状況下において専用プログラムがベストパフォーマンスを発揮するのは、いみじくもフォルクスワーゲンが証明しました。
不正ではありませんが、社内に過剰適合したシステムも同じです。この関係者が集うとされる匿名掲示板は、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されています。
エンタープライズ1.0への箴言
過剰適合したシステムは強くて脆い
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」