ドラゴンボールと高浜原発

福井地裁が14日に下した仮処分により、この秋にも予定されていた関西電力高浜原発の再稼働が困難となりました。判決を見ての率直な感想は「ドラゴンボール」です。

日本の原子力規制委員会が定めた原発稼働のための「新規性基準」とは、規制委員会の田中俊一委員長が「世界で一番厳しい」と自負するもので、規制委そのものが再稼働推進派からは「再稼働させないための組織」と批判されるほどの強敵。

そんな彼らをようやく倒した(認めさせた)その先に、立ちはだかった福井地裁樋口英明裁判長とは、まるで最強の戦闘民族サイヤ人をアゴで使ったフリーザを、あっさりと倒した未来からきたトランクス……より強い人造人現も歯が立たなかった「セル」のよう……ってわかりますか?

呆れるほどに次々と現れる「最強の敵」を思い出したのです。ちなみに私は平成が始まってしばらくして「ドラゴンボール」に挫折しました。登場人物の強さを表す「戦闘力」のハイパーインフレに呆れたのです。

100%の安全と危険

樋口英明裁判長による判決を、現代若者言葉に翻訳するとこんな感じ。

「超ヤバイ地震とかきたら、マジ、ヤバイ。マジ、ナニが起こるかわからなくね?ダメじゃね?」

判決の問題点の最たるものが、世界で一番厳しい「新基準」をまるごと否定しているところです。樋口裁判長は「世界一」では満足せず、「太陽系で一番」か「銀河一」「宇宙の頂点」を求めるのでしょうか。

少年漫画ならばともかく、現実を直視しない、子供じみた話です。科学技術の粋を集めた原発の、再稼働の是非を判断するなら、もう少し科学的な視点からの結論を下して欲しいものです。

100%の安全を求めるのは科学的な態度ではありません。熟したリンゴが枝から落ちるときに、地面に向かうのは、リンゴより地球の重力が重いからで、万有引力が裏打ちします。しかし、リンゴが100%地面に落ちると断言する科学者はいません。

枝から離れた瞬間に、カラスがリンゴを奪っていく可能性は排除しきれず、なにより完熟する前に農家が収穫してしまうことの方が多いからです。科学的な裏付けがあっても、未来におこる(おこらないも)できごとを100%予測することは不可能なのです。

一方で、いくつもの不幸が重なった状況を妄想して危険と叫ぶ判決は、屁理屈の世界の「科学0.2」です。

21世紀にも算盤

21世紀になったばかりの頃、ある広告代理店では、社内ネットワークを構築し、伝票類の電子化が進められていました。3枚複写の手書きの「注文書」を電子化することで、作業効率を高める狙いです。

営業部や実働部問各所はスムーズに電子化に対応します。PC操作を毛嫌いしていた団塊世代の古参社員も、デジタルデータの再現性、つまりは似たような注文なら、日付を打ち換えるだけで完了する事務作業に感動し、ブラインドタッチ習得の野望を燃やすまでになっていました。

しかし、伝票処理の要とも言える「経理課」にネットワークは繋がっていないどころか、PCすら使用されておらず、電卓と算盤を駆使した手作業で伝票処理がなされていました。繰り返しますが21世紀になってからの話です。

経理担当の役員が「不正アクセス」による情報流出を怖れたからです。PCを使えば、どこから侵入されるか分からない、100%の安全が確保できなければならない……と。

関西電力の倒産リスク

どんな道具にもリスクがあります。算盤ですら「角」を駆使すれば凶器になるように、リスクの完全排除は不可能です。

一方で道具がもたらすメリットがあり、両者を天秤に掛けた上で結論をだすのが現実を見据えた科学的態度です。不正アクセスを怖れるあまり、表計算ソフトすら使わない経理作業が、どれだけ非効率だったかは語るまでもないでしょう。OA化が実現したのは経理担当役員が定年退職を迎えてからです。

原発のメリットとは安価な電気。再稼働を差し止めによるデメリットはその反対。経費の嵩む火力発電への依存が高まったことにより電気代は値上がりしました。そして再稼働ができなければ更なる値上げは避けられません。福井地裁の判決を受けた翌日の4月15日、関西電力の株価は「年初来高値」を記録します。

市場参加者は「値上げ」を織りこんでいるのでしょう。なぜなら、値上げしなければ関西電力は倒産し、倒産すれば近畿エリアへの電力供給が止まり、このシナリオは現実的ではないからです。

原子力を正しく怖れることは健全です。しかし、いたずらに恐怖を煽り、絶対の安全を求める姿勢は、不健全を通り越した科学0.2=オカルトです。関西電力管轄の電気料金が、ドラゴンボールにおける「戦闘力」のように跳ね上がらないことを祈るばかりです。

エンタープライズ1.0への箴言


100%の安全などない

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」