ネット社会の最凶プレイヤー

店頭に並ぶスナック菓子に、つまようじを突き刺す動画が投稿され騒動となりました。テレビ各局が取り上げると、犯人は「逃走宣言」を発し「逃走中」の動画を次々とアップしました。本人の告白とアカウント情報から、東京都三鷹市在住の19才とされ、その後警察が逮捕、正式に発表しました。

「つまようじ動画」は「○○してみた」というネット動画のひとつのジャンルです。

アイドルソングの「フリマネ」をする「おどってみた」や、のど自慢の「歌ってみた」など他愛のないものから、「小学生に喧嘩をうってみた」のような卑劣な犯罪まであります。

犯人が自称するアカウントを辿ると、最初期の動画は違法性を孕むものの、摘発を怖れている様子が見て取れます。しかし、捕まらないと開き直ったのか、すぐに万引きやキセルの動画を投稿し始めます。

事実関係はともかく、コメント欄には非難と批判、ときどき説教が殺到し、犯人は目的を達します。

実はこの犯人、日本のネット社会において「最凶」に属するプレイヤー。そして残念ながら、この手の犯罪に対して、現在の刑罰が与える抑止力は「0.2」です。

動機を求める愚

拙著『Web2.0が殺すもの』では、誰もがネット参加できる社会における最強のプレイヤーを「ニート」と設定しました。

彼らは無尽蔵に暇=自由な時間を持っており、粘着質に他人に絡むことも、監視しネットで拡散することもできるからです。

今回の犯人は「ニート」ではありませんが、投稿動画を見るかぎり、富士山を登頂するほどの体力を持ちながら「生活保護」を受けており、むしろ「ニート」以上のスペックを装備した「最凶」のプレイヤーといえます。

こうした事件が起きるたびに有識者達は「なぜ?」と動機を求めますが、常識的な市民生活を営んでいる一般人が納得できる理由などあるわけがありません。それは「承認欲求を満たすため」だけだからです。

そのために支払う代償とのバランスなど考える能力があれば、そもそも犯行を動画で晒したりはしません。むしろ、テレビなどが取り上げることは犯人の目的をより達成させてしまいます。その結果、「再犯」と「模倣犯」が生み出されます。

ネット情報によれば、犯人は過去にもネットにおける殺害予告での逮捕歴があり、少年院に入っていたともされています。すると否が応でも思い出すのが「パソコン遠隔操作事件」です。

手口は進化しても同じ

パソコン遠隔操作事件の犯人、片山 祐輔被告も再犯でした。2005年にエイベックス社員の殺害予告をした、いわゆる「のまねこ事件」です。

刑期を終えた彼は、以前の「失敗」を考慮して匿名化ツールを経由。ネット上の足あとを消した上で、他人のパソコンを操作して「犯行予告」します。手口は進化してもやったことは同じです。

ネットが絡んだ犯罪に対し、「ネットは道具に過ぎない」と反論するWeb系の有識者は少なくありません。

「通り魔がでたからと包丁を売るな、という議論にはならない」と主張しますが、それは彼らの見識不足です。

ネットは使い方次第で、社会システムを混乱させるほどのポテンシャルを持った強力すぎる「道具」で、「包丁」と同列に語るのはナンセンスだからです。

1月15日には名古屋市の公式ウェブサイトに、爆弾を爆破させるという書き込みがあり、県内の教育機関は、犯行予告時刻に厳戒態勢を余儀なくされました。

その一週間前の1月9日には、東京都世田谷区にも、子供を殺害すると予告するメールが届き、保護者に恐怖を拡散しました。これだけ広範囲に及ぶ迷惑行為を「包丁」で作りだすのは困難です。

しかし、単純な厳罰化は不可能です。量刑の重大な指標となる「被害の程度」の特定が困難だからです。ネット犯罪に対する現行法の抑止力は、すでに消失しているといってもよいでしょう。

巨額民事賠償も無意味

無期懲役囚の美達 大和受刑者は著書で、刑務所は「矯正」や「教育」の施設ではないと喝破します。刑期を増やしても、再犯までのサイクルが、少し長くなるだけだというのです。

単純な「厳罰化」は、社会正義を実現しないということです。また、民事での巨額賠償による懲罰も、資産を持たないものには効果はありません。「失うものがない」とは、現行法下において最凶の属性なのです。

ネットを使い「犯罪予告」をする犯人は、日頃は大人しい人物と評価を受けていることも少なくありません。片山 祐輔被告など、弁護人が無実を疑っていなかったほどです。

ネットで過激な発言を繰り返す人物が、リアルではむしろ「小市民」であることはよくあること。ネットには一部の人間の自己顕示欲を肥大化させる働きがあるからです。それが、歪んだ自己承認欲求と結びついたとき犯罪が起こります。それは「酒さえ飲まなければ良い人」が「酒」を飲む行為と同じです。

すると効果的な刑罰が自ずと見えてきます。ネットへのアクセスを禁ずるのです。ネットカフェなどへの出入りを禁止し、ネットに接続するための電子機器の購入や譲渡、あるいは第三者による提供も制限します。

こうした規制には「人権派」からの反論がありますが、優先されるべきは、健全な市民の人権であり、商品につまようじを刺し込み、万引きを披瀝する「犯人」ではありません。

また、「犯罪をする権利」を否定し、「再犯防止」を掲げるなら、「ネット」から遠ざける刑罰こそ、犯人の「人権」へも配慮した刑罰と考えます。

エンタープライズ1.0への箴言


ネット犯罪への刑罰は、視点の転換が必要

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」