会議に生まれる無駄

見かけ上の便利さ、あるいは便利という思いこみが無駄を生み出し、生産性を押し下げていることがあります。特に「会議」において「ネット以前」の数倍の無駄が生まれていることは、あまり気づかれることはありません。

自民党の「IT戦略特命委員会」は、出席者にタブレット端末を配布し、会議資料は画面上で閲覧する形に切り替えたと日経新聞が報じていました。紙の無駄遣いが減るという視点でまとめられた記事の中で、平井卓也衆院議員は「外部に公表できない資料の管理も徹底できる」と強調します。たしかに情報管理しやすいのはデジタルデータの利点です。しかし、デジタルデータは物理的制約を受けず、ひとたび流出すれば1秒もせずウクライナの首都キエフにまで情報は拡散されます。また、ページを前後して見比べるのに不向きで、面積はタブレット端末のディスプレイに限定されます。外出の多いビジネスマンに取っては、タブレットがもつ省スペースや携帯性のメリットは大きくても、社内や国会内という限定された空間では、特筆すべきものではありません。ちなみに「紙の無駄」とは「経済誌」らしからぬ0.2な視点です。

Dropboxで情報共有

その会社では数年前まで「紙」ベースで会議が行われていました。事前に作られた「レジメ」が配布され、それに従い、持ち回りの議長が進行します。といっても中小企業のご多分に漏れず、実際には社長が仕切るのですが。

次第にレジメが電子化されていきます。その始まりは「ホームページ」の打ち合わせで、実際の画面を見た方が、わかりやすいという社長のひと言で、会議室にパソコンが持ち込まれました。次の会議では「補足資料」としてノートパソコンが持ち込まれ、やはり画面を提示しながらの報告が行われます。次第にノートパソコンの「持ち込み比率」が高まり、1年もせずに全員が会議に持参するようになりました。無線LANの導入により、「配線」がいらなくなったことも理由の1つです。

いまではパワポで作成されたレジメは「Dropbox」で共有され、紙の出番はありません。最新情報をリアルタイムに反映させることもでき、会議は格段の進化をしたかに見えますが、実は会議で決定される案件数が激減していることには気がついていません。

キャプチャーで充分なのに

デジタルデータになったことにより、レジメが冗長になったことが原因です。かつては数ページ以内にまとめられていたパワポの資料が、十数ページを超えることは珍しくなくなりました。「紙」ではページ数の増加は印刷枚数と正比例し、ホッチキスとの格闘が待っていました。ところがデジタルデータに「かさばり」はありません。手間は「コピペ」だけです。そして念のためにと、過去のレジメが再掲され、参考資料までが全文掲載されます。端的に言えば「要点」が絞られなくなったのです。

また、参考程度のサイト紹介も、わざわざ「リンク」が貼られ、会議の場で参加者全員が「クリック」してサイトを読み込みます。わずか数十秒でも、参加者全員分を合算すれば膨大な時間を「ロス」しているのです。参考程度なら「キャプチャー画像」で充分ということに誰も気づきません。そして紙がデジタルになっても、ページを追いながらの説明は変わらず、レジメの増加分に正比例し時間が消費されます。

その結果、「話し合い」の時間が減り、会議での処理案件が減った「デジタルデータ0.2」です。積み残した議案は、「コピペ」で繰り越される悪循環です。

紙の利便性とは

石原慎太郎衆院議員が都知事時代、資料はA4かB4の1枚にまとめろと指示を出していたといいます。山のように積まれた報告書に呆れ、枚数の多さは考えがまとまっていない証拠だとルール化します。事例を集めただけの「データ」と、トップが判断する要点だけに絞られた「情報(インテリジェンス)」の違いといっても良いでしょう。そしてこの発想に立てば、紙かタブレットか、ノートパソコンかという議論がナンセンスであることに気がつきます。どの「道具」を使うかではなく、何を「決定」するのが会議の目的だからです。そして要点を絞り込んだ資料ならば「紙の無駄」は自ずと解消します。なにより国会に求められるのは「経費削減」ではありません。日経新聞の「紙の無駄」という視点を「0.2」とする理由です。湯水の如く政治にお金が使われたとしても、それを上回るメリットが国民に提供されるのなら、不満を述べる国民はいません。つまりは「紙の無駄」とは、政治に求める結果と、その過程の手段を混同した視点なのです。

そもそも論で言えば、会議資料とは事前に配布しておくもの。ネットという距離と時間を選ばない情報伝達手段があるのですから、会議が決定した時点で「Dropbox」などに資料をいれておき、それぞれの空き時間に「読了」を終え、雁首そろえばすぐに話し合いができるよう準備して挑むのが合理的な会議の方法です。皆でレジメを「黙読」する姿は、小学校の「国語の時間」と同じです。

エンタープライズ1.0への箴言


「デジタルデータは冗長になりがち」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」