トラブル同梱版

恒例行事となった新型「iPhone」発売日の大行列。郊外のソフトバンクショップを回れば、当日発売分を並ばずにゲットできることは珍しくもないというツッコミは野暮でしょう。行列に並ぶことが目的化されているからです。出荷台数は順調に推移し、さっくりと1000万台を越えたとアナウンス。しかし、そのアップルから「0.2」の匂いがしてなりません。中国勢による低価格スマホが、シェアを急拡大しているといった外部要因ではありません。かつての悪夢がデジャブのように浮かんで消えないからです。

iPhone6の発売に合わせて発表された「iOS8」が不具合続き。これは「0.2」ではなくいつものアップル。アップルの新製品は「トラブル同梱」というのが、スタンダードだからです。トラブルを嫌うなら、経験則からいって、最低でも3カ月は手を出してはいけません。

問題はiPhone6の際立つ特徴が「大きくなった」だけということ。「iPhone6 Plus」に至っては「小ぶりのiPad mini」という声も上がっています。本稿は「新型iPad」の予想発売日の一週間前に執筆しているため、「新型iPad mini」のサイズはわかりませんが、首都圏近郊のスーパー銭湯の露天風呂での若者たちの会話を紹介します。

らしさを捨てたよね

「iPhone6買う?」 「買わない。でかすぎる」 「大画面ならギャラクシー(サムスン)だよね」 「そう、大きいとiPhoneらしさがないよね」

彼らの主張する「らしさ」の定義はわかりませんが、大画面にはサムスンという先行者がいます。また、同時に発表した「iWatchi」についても同じくサムスンが「GEAR」をすでに発売しています。アップル製品が「トラブル同梱」でも支持されたのは、それを上回る「オリジナリティ」があったからです。「アップルらしさ」とは洗練された筐体と、フレンドリーなOS、なにより他社に類を見ない「オリジナリティ」にありました。これはアップルの創業者故スティーブ・ジョブズも敬愛した全盛期の「ソニー」と重なります。

そして、iPhoneに「Plus」が加わったように、増え続けるラインナップが、かつての記憶を呼び起こします。

フランチャイズ展開したアップル

iPad、iPad mini、iPhone6 Plus、iPhone6、iPod Touch。Webにアクセスでき、音楽が聴け持ち運びが容易という共通項の商品が5種類(2014年10月10日現在、記憶容量やカラーバリエーションを除く、以下同)。また、祖業である「パソコン」もノートパソコンの「MacBook」が「Air」と「Pro」、デスクトップの「Mac mini」「iMac」「Mac Pro」とこれまた5種類。筐体もコンセプトも異なる商品をこれだけ擁しているのはアップルぐらいです。野放図に増やしたラインナップは、経営の負担となることを、90年代のアップルはすでに経験しています。ちなみにサムスンのGALAXY(ギャラクシー)のフラグシップモデルはS、Note、Tabの3種類だけ。

ジョブズを追放したアップルは、しばらくもせず停滞をはじめました。多くのラインナップを抱えながら、そのすべてが独創性に乏しい中途半端な仕上がりになったからです。社内において、開発プロジェクトが乱立していたのです。そこでモトローラやIBMなど、他のパソコンメーカーにOSを提供する「互換機」で、Windows陣営に対抗しようと狙います。しかし、「互換機」とはフランチャイズ展開するようなものでありがたみが薄れます。ましてアップルへの期待は、大将のコダワリが売りの寿司屋のそれです。そしてファンは離れ、くり返し「身売り」が報じられたのが90年代の中ごろ、いまから20年前です。

ジョブズはいない

歴史に学ぶなら、いま、もっとも危惧するのは「iOS互換機」の登場です。かつての失策を、Googleの「Android」への対抗策としてチョイスするなら「アップル0.2」どころではありません。復帰したジョブズは、増えすぎたラインナップを整理統合し、互換機政策も撤回し、反転攻勢のきっかけになったオリジナリティ溢れる「MacOS 8.0」を世に出します。奇しくも現在の「iOS」も同じバージョンナンバーですが、今もこれからもアップルに、ジョブズが戻ってくることはありません。つまり、かつての過ちの先に、救世主は待っていません。

四半世紀を超えるアップルファンとして、いまの成功を継続し、同じ轍を踏まないように願うばかりです。しかし、iOSを更新すると「U2のアルバムが勝手にダウンロードされる」ことに不安を拭いきれません。U2とアップルの関係は、「iTunes Music Store」を展開するにあたり、ジョブズがボーカルのボノを口説き落としたころからの蜜月関係。アップルファンなら誰もが知るところで、サービスのつもりだったのでしょう。しかし、なにより「自由」を求めたジョブズなら、それが盟友の名盤であっても、音楽を強制するような真似はしなかったことでしょう。ここにも「0.2」の黒い影を見つけます。

エンタープライズ1.0への箴言


「「らしさ」を失った先輩はソニー」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」