義務教育のプログラム

2013年末、米国のオバマ大統領は「プログラム教育」の重要性を語りました。すでに日本では、2012年に改訂された学習指導要領において、中学校の技術家庭科で「プログラムによる計測・制御」が必修になっています。本稿における「プログラム」とは、コンピュータを作動させる手順や命令を指し、演奏会の曲順ではありません。

その方向性に異論はありません。なによりプログラムへの理解が広まれば、パチンコ台のリーチが外れたからと、激しく台を叩く人も減ることでしょうから。いわゆる「セブン機」は、スタートチャッカーを通過したときに、当たりも外れも確変も決定するようにプログラミングされています。つまり、台を叩いたからと当たることは絶対にありません。

ただし、今般語られる「プログラム(プログラミング)教育」は問題山積の「0.2」。さらに政府の成長戦略にも、プログラミング教育は盛り込まれており、そこにアベノミクスが失速している理由も見つけます。

ICT教育の敗北

プログラムの本質とは「論理」です。ここからプログラムの説明をする上で、若干「理屈っぽく」なりますが、そこにこそ本質と問題があるのでしばしお付き合いください(※ 流し読みOKです)。

「代入」とはデータを一時的に保存する処理です。保存される容器は「変数」と呼ばれます。キーボードもマウスも、代入と変数がなければ動きません。便宜上「容器」とした「変数」も実態はなく、理論上の存在に過ぎません。

次に「条件分岐」。条件分岐とは「AとBが同じときは、Xの処理を行い、それ以外のときはYに取りかかる」というものです。日常生活に置き換えれば、次の日曜日の予定を、天気が良ければピクニックへ出掛け、雨降りならネットサーフィンでやり過ごすと、あらかじめ決めておくようなものです。さらに実際のプログラミングでは、歯磨きや用便の時間まであらかじめ決定しておかなければなりません。

誰が評価するか

中学校で義務化された「プログラム教育」が0.2である理由は「誰が教えるか」と「どう評価するか」の2点。

必修化は決定しても、教える教員の教育は後手というより無策です。ICT教育の名の下に「パソコン」の授業は必修になっているのに、ワープロソフト「ワード」すら満足に使えない社会人が量産されているのが現状です。ましてや現在の「技術・家庭」の教員が免許を取ったときに、プログラムは必須条件ではありませんでした。こうしてみると

「ダンス」「武道」「英会話」

など、「新教科」はすべて、カリキュラムも指導者育成も放置された「0.2」といえます。日本の公教育の致命的欠陥です。

休日の予定は、目覚めた時間と気分で決める人も多いでしょうし、スケジュールを秒単位で設定する人など皆無です。しかし、プログラミングにおいては、それが求められます。理詰めで世界を構築するプログラミングとは「特殊技能」の世界なのです。特殊技能を評価できるのは、特殊技能を理解しているものだけで、いったいどれだけの教員が正しい評価をくだせるというのでしょうか。

つまり教えることも、評価する方法も未確定なままスタートする「プログラミング教育0.2」です。

幼児教育の危険

プログラミング教育に「商機」を見つける動きもあります。『モバゲー』のDeNAは佐賀県武雄市と手を組み、小学校1年生40人を対象にプログラミング教育を10月から試験導入します。さらに未就学児向けのワークショップを開催する業者も現れています。しかし、教育内容にもよりますが、早すぎるプログラミング教育もまた「0.2」です。

プログラミング教育の重要性を訴える石戸奈々子 慶応大准教授は、絵本やテレビに対して、スワイプやタップのような動作をする子供が増えていると読売新聞で報告します。准教授のご子息もゼロ歳からスマホで遊ばせているといいます。つまり五感から得る経験値を積むチャンスを減らし、バーチャルの世界に没頭させているのです。この話しで思い出したのが、死んで動かなくなった「ヒヨコ」のリセットボタンを探したという「ファミコン世代」の子供のエピソードです。この話は都市伝説かも知れませんが、子供はバーチャルとリアルを混同します。それはリアルにおける経験値の絶対量が不足しているからです。プログラミング技術を身につけさせた結果、「ページをめくる」という基本動作が身についていない人間を量産されるならば、おぞましい限りです。

さらにアベノミクスを支える成長戦略に、プログラミング教育を盛り込んだのは、楽天の三木谷浩史氏。「産業競争力会議議員」の肩書きでの提言はこうです。

"エンジニアの質・量ともにレベルを大幅にアップ (英国並みにプログラミング教育の強化等)"

しかし、英国のそれは、2014年の9月から導入予定のカリキュラムで実績はゼロ。「英国」といっても「イングランド」だけ。レベルアップの具体策がないどころか、「質」と「レベル」は重複し、私が教師なら赤点をつける文章レベルです。この程度の指示で、政策が動き出すなら、アベノミクスが失速するのも当然と言えます。三木谷浩史氏は、楽天創業時、自社のシステムのプログラミングに挫折しています。この文章を見る限り、当時も今も"論理"は苦手なようです。

エンタープライズ1.0への箴言


「ちなみに「英国」では、教師の人材育成から始めている」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」