アベノミクスの失速
アベノミクスの第一の目標は「デフレからの脱却」で、日銀もそれに呼応し2%のインフレターゲットを宣言しました。そのアベノミクスの失速が囁かれています。日銀の異次元緩和による、いわゆる「黒田バズーカ」から一年が過ぎ、4月第2週に日経平均株価は千円を超える下げを記録し、あわてた政府は翌週、安倍首相と黒田日銀総裁の会談や、麻生太郎財務大臣の「口先介入」により、株価を下支えしますが、昨年のような力強さはありません。そもそも、増税がデフレ圧力を強めることは、マクロ経済学の入門書に必ず載っている基本であり、御用学者を除いては誰もがこのタイミングの消費税増税に首をひねります。
問題を解決するには、原因を突き止めなければなりません。もちろん「デフレ」においても同じです。ところがデフレ原因のひとつが「Web」であると指摘する声は聞こえてきません。もちろん、官邸からも。そこから浮かんでくるのが「アベノミクス0.2」への疑念です。
Webとデフレの轍
物価指標の一つ「コアコアCPI」が前年同月比でマイナスに転落した、1998年がデフレの始まりと言われています。消費税率が3%から5%に上がった翌年です。Windows 95が発売された1995年を「インターネット元年」と呼ばれることがありますが、一般家庭にWebが普及し始めたのはデフレと同じ1998年のWindows 98の頃からで、箱から出して電話回線につなげばWebに接続できた「iMac」が発売されたのも同1998年です。
Webの普及に貢献した影の主役はアダルトコンテンツです。日本では規制されるいわゆる「無修正画像」が、海外にアクセスすれば見放題。これによりアダルト雑誌の消費が冷え込みます。パソコンの処理能力がアップし、通信回線が強化され「動画」もWeb経由となります。DVDやBlu-rayとなっても「アダルトビデオ」と呼ばれるコンテンツは、レンタルビデオ店や直販店で維持されてきた価格をWebが破壊します。1本あたり1万円はした「作品」が、Webでは新作でも2~3千円から入手でき、月額制で見放題のアダルト動画サイトもあります。また、歌手で俳優の福山雅治氏も視聴するという「サンプル動画」なら無料、すなわち0円です。
ネット通販は消費を減退させる
アダルトだけではありません。新聞や雑誌の不振にWebの落とす影は色濃く、ヤフーニュースで事足りる読者は、記事は無料だと信じて疑いもしません。無料のグーグルマップの登場により地図帳の売上は大打撃を受け、昨年、地図出版の老舗「人文社」は事業停止しました。パソコンソフトとして登場した「Skype」により電話は限りなく0円に近づきました。いまは「LINE」がSkypeに代わり、パソコンすらデフレの波に押しやられ、スマホにWeb接続の主役を奪われます。安くても数万円はするパソコンと、0円から入手できるスマホでは勝負になりません。さらにスマホの躍進と「パズドラ」や「モンスト」などのスマホアプリ(ゲーム)が足並みを揃えます。0円から始められるこれらのゲームは、数千円はするプレイステーションやニンテンドーDSのソフトを購入するインセンティブを失わせました。お金が使われなくなれば、デフレが加速するのは自明です。
決定打は「ネット通販」です。ネット通販では、陳列するための什器や照明がいらず、接客を担当する店員を雇う必要がありません。お客を受け入れる店舗スペースにかかる家賃も不要です。さらにアマゾンが打ち出した「送料無料」により、同業他社も追随を余儀なくされ粗利を直撃し、企業と従業員の可処分所得を減少させます。さらにネット通販の拡大は、発注量増加を背景に配送業者への値下げを迫る圧力となり、さらなるデフレを呼び込みます。
首相の本気度が見えない
0円を頂点とする価格下落や、過当競争による粗利の減少を、日本では賃金の下落で賄ってきました。ベースアップを凍結し、サービス残業を甘受し、「非正規職員」の増加もそのひとつです。不利な条件変更を労働者が受け入れ、みなで苦しみを分かち合いながら耐えてきたのです。その苦しい生活に潤いを与えてくれたのが、0円のサンプル動画やスマホのゲームで、生活防衛のためにネット通販を利用し、いわば「デフレの連鎖」を招いていたのです。ちなみに同じことが他の先進諸国で起こったなら、デモが頻発し、暴動にまで発展していたことでしょう。
安倍首相が開く「産業競争力会議」には、ネット通販の権化ともいえる三木谷浩史楽天会長がいます。すでに見てきたように、ネット通販はデフレ圧力のひとつです。さらに、三木谷氏がなんとかのひとつ覚えのように唱える「規制緩和」は、過当競争を生み出しデフレを誘います。そして「規制緩和教」の教祖ともいえる竹中平蔵元大臣もメンバーに名を連ねます。フランスでは経営不振に陥る国内の書店を守るために、アマゾンの配送料無料を禁止する法案を可決しました。国内産業の「競争力」を維持するには、一定の「規制」が必要だということで、本稿公開時には妥結されているかもしれない「TPP」などの交渉が難航する理由も同じです。
先の会議の人選を見るに、デフレ脱却への本気度が見えず、「アベノミクス0.2」ではないかという疑念が消えないのです。
エンタープライズ1.0への箴言
「Webはデフレを加速させる一因」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」