株価に影響しないように

先日、「LDH」から封書が届き配当金をくれるとありました。LDHとは「ライブドアホールディングス」。あの上場廃止となった「ライブドア」の現在の社名です。M&Aで急成長した後の顛末はご存じでしょうが、騒動後、買収した企業を整理し、売却して得た現金が配当に廻されたのです。

裏を返せば「売れる会社」を買っていたということで、ニッポン放送株買収も「お買い得」だったことから、創業者の通称ホリエモンに対するこんな冗談を耳にします。
「買い物は上手かった」

もっとも、本当に「お得」だったのはライブドア株上場廃止直前の「捨て値」で買った外資の投資家なのでしょう。私はプロ野球新規参入騒動以前から保有していたので、トータルでは大損しているのですが、上場廃止に際しても売らなかったのは「ネタになるかも」という売文稼業のサガです。そして、原稿料として少しずつですが回収しています。

そんなM&Aの失敗を耳にすることが多くなりました。牛丼の吉野家が激安ラーメンチェーンを手放すように「見るとやるとは大違い」なことは少なくありません。さらには、「0.2」な理由を目にすることも。

今回の舞台は、とある上場企業のM&A0.2の話。その為、業種・事業形態などはすべて「フィクション」でまとめております。株価に影響し、風説の流布とされても困るので。

ズルしたFCの末路

C社は中古自動車販売FC(フランチャイズ・チェーン)のTグループに加盟し、4店舗を運営していました。TグループはFCには珍しく、自由度の高い経営が保証されており、特にC社はTグループの創業期から参加しており、創業者同士でプライベート旅行に行く間柄です。

Tグループは、中古自動車販売の他に始めた飲食事業が大当たりし、新興市場に上場しました。仲間の成功を喜ぶと共に、C社の社長は「もうひとはた」と事業意欲を燃やします。そして見つけたのはバイク、自転車、モーターボートなど、すべての「乗り物」を扱う別のFCグループでした。

Tグループは自動車だけですが、すべてを扱うことで幅広いニーズに対応し、今よりも儲かるという誘いが魅力的でした。

ほとんどのFCでは「競業の禁止」が契約にあります。同業の店舗経営を規制するもので、FC加盟中はもちろん、脱退後も制限されます。「乗り物」すべてですから自動車も当然扱い、C社のケースはこれに当たります。C社の役員は総出で反対しましたが、創業者という種の事業意欲は「サガ」ですから止めることはできません。

1年で決着が

グレーゾーンですが、別法人を設立して参加することで競業禁止に対して「言い逃れ」することも不可能ではありませんが、FC契約、店舗、電気、ガス、水道の契約もC社名義でした。さらに、よりによってTグループ本部直営店の隣駅で営業していたのですから、バレるのは時間の問題です。その時は1年後に訪れました。

全てが明るみとなりペナルティが検討されます。ただし、C社の売り上げは全国トップクラスで、創業期からの付き合いがあり、なにより自由度の高い経営からC社は本部への依存度が低く、「痛め」つけすぎて離反されるのは得策ではありません。

1カ月後、Tグループからのペナルティが提示されました。

「本部に譲渡」

違法店舗の権利を本部に譲渡させ、すでに買い入れた在庫は買い取るというものです。C社の社長を筆頭に、一同が小躍りしました。

実は1年間の営業のなかで「全ての乗り物の売買」は土地柄に合わず、採算ラインぎりぎりで撤退も視野にいれていたのです。複数年契約だった店舗もそのまま引き継いでくれ、在庫も買い取ってくれるとは、まさに「渡りに船」です。

日経新聞の囲み記事に

本部の目論見はM&Aでした。全国トップクラスの売り上げ実績を持つC社が目をつけたビジネスモデルを店舗ごと入手できる。さらに、全国を結ぶPOSシステムなどの最新機器の導入でバックアップすれば、成功は約束されたものだとほくそ笑みました。Tグループは「新業態」として、プレスリリースを日経新聞が紙面を割いて報じました。自動車販売に加えて全ての乗り物を扱うことで幅広いニーズに対応し、収益源を多角化させるために「新規参入」すると記事では絶賛されています。

突貫工事で看板などが付け替えられ、いよいよオープンを明日に控えたその時に、C社の電話が鳴りました。受話器の向こうで本部から赴任した店長がこう訊ねます。

「バイクの買い取り価格はどうつければいいのでしょうか?」

驚いて呆れたとはC社の担当者の弁です。バイクには大型スクーターや原付バイクの他にも、「絶版車」や「旧車」というカテゴリーがあり、その市場ニーズと価格というデータを「新規参入組」がもっているわけがありません。「負い目」もあることからこのデータ提供を申しでたのですが、「本部のノウハウがありますから」と拒絶されていたのです。教えを請わずとも最新鋭のPOSシステムが解決してくれると胸を張っていたのは、電話をかけてきた店長でした。

買い取り価格とは仕入れ値であり、それは市場の需要と連動します。率直に言えば、もっとも肝心なノウハウを買い取っていないM&A0.2です。

オープンから数カ月、C社の電話は鳴り続けたのでした。

エンタープライズ1.0への箴言


「最新鋭の機器でもデータの蓄積がなければ役に立たない」