大人の事情が透けて見える

日経MJが発表する「日経MJヒット番付」。その年のヒット商品などを、相撲の番付形式で発表するもので、今年の東の横綱が「セブンカフェ」で、西の横綱が「あまちゃん」。番付においては「東」が格上で、ならば逆のような気もしますが、いつも偽装の…コホン、もとい「大人の事情」がみえるのがこの番付。空前のエクササイズブームを巻き起こした『ビリーズブートキャンプ』の「ビリー隊長」が来日した前日に発表された「2007年上半期のヒット番付」にビリーのビの字もなかったようにです。通年でもビリーズブートキャンプは「前頭」どまりで、東西の横綱は「wii&DS」と「電子マネー」。番付だけに八百長の匂いがします。

そして今年の番付にも疑惑をみつけます。「ビッグデータ」が番付にないのです。今年のIT業界はビッグデータ一色で、ユーキャン新語流行語では、受賞こそ逃しましたがノミネートはされていました。技術的なことに疎いという言い訳ができないのは、先の2007年の東の大関に「顔認識技術」が選ばれているから。まるで、

「来年に残している」

かのようです。余談ながら今年の西の幕内最下位に位置づけた「埼玉~神奈川7私鉄直結」とは、グーグルで検索しても見つからない不思議な「ヒット商品」です。

ビッグデータが期待される分野

それでは「ビッグデータ」とはなにか。

例えば「天気予報」においてビッグデータに寄せられる期待は本物です。気圧や海水温の変化、海流のうねりに都市がはき出す熱量などを収集し統合することはもちろん、そもそものデータ量がまだまだ不足しています。気象衛星「ひまわり」が打ち上げられてから36年。気象観測が始まったのは明治4年(1871年)ですから142年。一方、地球の年齢は46億年とも言われています。つまり地球の時間軸で見たとき、極めて短い期間しか集計できていないのです。盛んに叫ばれた「地球温暖化」ですが、今年の3月に英国「エコノミスト」は「15年前から温室効果ガスの量は増大しているのに、大気温度が横ばいとなっている」と発表しています。また地質学者などを中心に、寒冷化に向かっているとする説もあります。さらにニューヨークでの蝶の羽ばたきが、香港で深刻な事態を引き起こすという「バタフライ効果」のような現象もあり、気象予報の精度を高めるには集められる限りの情報=ビッグデータを集めなければならないのです。

このように本来的には多岐にわたる桁違いの量のデータの集まり意味するのですが、巷間使われる「ビッグデータ」とは「バズワード」です。マーケティングを仕掛けるための言葉で、いまや懐かしい「Web2.0」と同じです。

イケイケドンドンの成長企業

いま株式市場を賑わせている「コロプラ」。ちょうど1年前に東証マザーズ市場に上場し、初値暴騰後に急落し、しばらく低迷していましたが、今年の5月頃より株価は上向き、本稿執筆時で公募価格の14倍になっています。株価の高騰を支えたのはスマホゲームの『魔法使いと黒猫のウィズ』のヒット。株価の好調を受けて、創業者の馬場功淳社長が日経新聞に語ります。

"社内の蓄積したビッグデータの解析技術が生きている(日経新聞2013年12月5日朝刊)"

ここでもビッグデータが登場します。少し長いのですが、続きも引用します。

"どのタイミングで販促やイベントを打てば、どんな属性の顧客がどのくらい流入してくるか。どんなイベントを開くと、どう継続率が伸び、課金額が上がるかといったことが把握可能になった(同)"

生かさず殺さず逃がさず金を使わせ続ける。ソーシャルゲームのビジネスモデルです。この台詞は「コンプガチャ」が社会問題となる前夜、いまから2年前のグリーが自慢していた勝利の法則とまったく同じです。そのグリーはいま、海外事業から撤退し、大リストラを敢行しています。

さらに馬場社長は記事のなかで、新作ゲームのダウンロード数を自慢します。これはカードゲーム『神撃のバハムート』のダウンロード数が米国ナンバーワンになったと大騒ぎしていた頃のディーエヌエーに重なります。全米ナンバーワンとは「瞬間最大風速」だったのですが。

目先のカネに転ぶ

栄枯盛衰は世の常としながらも、馬場社長の自慢するものはビッグデータではありません。顧客データです。なにより購入履歴やアクセスログから、顧客の動きを把握するのはネット企業なら常識以前で特筆するものではありません。顧客データやアクセスログという既にあるものを「ビッグデータ」と呼ぶことにより、特別ななにかが存在するかのように錯覚させる手法は先に指摘したとおり「Web2.0」と同じです。社内データをどう呼称しようがコロプラの自由ですが、今年は流行語にもヒット番付にも選ばれなかった「ビッグデータ」とは、来年の「0.2」候補の筆頭です。

コロプラは携帯電話の「位置情報」を利用したゲームで世に知られました。位置情報の把握により、現地に足を運ぶことでイベントを発生させることができ、地域社会の活性化を目指すなどとぶち上げていました。わたしは地に足の付いたIT企業がでてきたものだと心の中で応援していたものです。ところがいま、やっていることはグリーやディーエヌエーの焼き直しです。目先の現金に目がくらむことを否定しませんが、コロプラの躍進とグリーのリストラ時期の奇妙な重なりから、課金システムのノウハウを「仕入れ」ただけではないかと邪推してしまいます。

エンタープライズ1.0への箴言


「来年はビッグデータという売り込みに注意」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」