「ネットは無料」論に終止符を打つ

牛は赤い色に興奮するといわれていましたが、実は色盲で赤とは識別できず、闘牛士に向かって突進するのは「ひらひら」と動く布きれに反応しているのです。「赤」がチョイスされたのは人間が興奮するためです。因果の主客逆転で生まれた迷信です。

ネットの世界にも迷信は生まれます。ネットの中のサービスはすべて無料になるという「ネットは無料」は迷信です。「Gmail」に代表されるメーラー(正しくはWebメー ル)にワープロ、表計算、ゲーム、地図情報などが無料で利用できるようになり、ブラウザがかつて有料だったことはすっかり忘れ去られてしまいました。

そして、「無料」を常識と語る業界関係者やネット識者が迷信を拡散していきます。しかし、日経テレコンやレンタルサーバ、日本語入力システムのATOKといった有料のネットサービスもあります。つまりはこういうことです。

「無料で間に合わせることもできるが、金を出す人もいる」

だから迷信と断じます。ちなみにISP、通信回線、パソコン(本体)などリアルと接する「ネット」ではまだ多くが有料です。

気合いと根性の無料信者

税理士のDさんは「ネットは無料」の信者です。まず有料のセキュリティソフトを導入しません。

「完成品であるパソコンを買ったのに安全でないのはおかしい」

これが彼女の主張で、テレビや冷蔵庫ならばリコールされると語気を強めます。パソコン内蔵のメーラーを使用せずに、ポータルサイトが提供する無料のWebメールを使っていました。ネットサーフィン中に感染するリスクについてはこう述べます。

「怪しいサイトへはいかないから大丈夫」

気合いで風邪をひかないという精神論のようです。ホームページも無料です。所属する税理士会のサイトが提供していた無料サービスで開設しました。機能は限定されていましたが、なにより無料です。続いてブログを始め、SNSに手を伸ばします。メーリングリストにスカイプと、情報通信の「無料化」も成功しました。Dさんの情報収集方法は「ネットで検索」、もちろんこれも無料です。

新聞・雑誌も読まなくなり、ときどきテレビを見るぐらいだといいます。有料の書籍も殆ど買わなくなった理由をこう述べます。

「アマゾンの書評でなんとなく分かる」

さらに、不足分は2ちゃんねるのスレッドを追うと続けます。

無料ゲームに参加してみる

税理士会のサイトから客は来ません。そこで、新たにホームページを作ることにしました。地域の異業種交流会で知り合ったホームページ制作業者を口説き落として、無料で作らせます。「ブログがいい」とネットで知り、つぎつぎと無料ブログサービスを申し込み、SNSにも手を出します。

Dさんのネットリテラシーは、一般的な中小企業経営者のなかで群を抜いているといってよいでしょう。ところがです。ネットから注文どころか、問い合わせすらありません。困ったDさんは、ネット無料経営相談の掲示板で相談をすることにしました。すると、経営コンサルタントと名乗る管理人がこう回答しました。

「ネットで無料税務相談をすると見込み客をゲットできます」

目から鱗が落ちるとはこのことだと述懐します。そうだ、私も困っていたように、ネットで無料相談をうければ客がやってくるだろうと目を輝かせます。無料でホームページを作らせた業者に掲示板を設置させました。さすがに無料とはいかずに、ファミリーレストラン『ガスト』のドリンクバーを奢りました。

掲示板設置から数カ月が経過して、書き込みがあるのは異業種交流会の仲間だけで飲み会の回覧板のようです。たまにそれらしい書き込みがあり、簡単なアドバイスをして「詳しくはお問い合わせください」と促しても、お礼というリアクションすらありません。

商売上の致命的な欠陥

Dさんの無料税務相談が失敗した理由は、Dさん自身が証明しています。

Dさんは相談した掲示板に1円も払っていません。「無料」に集まる客は金を払わない、つまりは取引上の「客」にはならないのです。人にはタダで教えて貰い、自分だけ金が取れるというのは虫が良すぎる無料0.2です。

ここで「ネットは無料」を整理してみます。

「広告収入」をメインとするビジネスモデルでは無料となります。人が集まれば広告価値は高くなり、利用料が無料でも採算がとれるのです。また、市場占有率を高め、デファクトスタンダードになることでライバルを排除する戦術としての「無料」もあります。俗に「ブラウザ戦争」と呼ばれたインターネットエクスプローラー(IE)とネットスケープの戦いでは、後発のIEがネットスケープを駆逐したことを思いだします。

しかし、無料が成立するのは上記の場合だけです。裏返せば、無料とは手段のひとつに過ぎず、手段を絶対視することは迷信と同じです。

そして無料0.2には商売上致命的な欠陥があります。

「客の気持ちが分からない」

いわば、金を支払うことにやぶさかでない「客」の気持ちがDさんには理解できなくなっていました。自分は1円だって支払わないのですから、「払う人=客」の気持ちが理解できないのです。その為、客の望むコンテンツや欲しがるサービスが分かりません。無料は商売の感性を鈍くします。

エンタープライズ1.0への箴言


「無料では金を使う客の気持ちが分からない」