言い訳が用意された実験
参院選挙より三連休のレジャーが話題になった週末だったのではないでしょうか。でも予告通り選挙関連の0.2。「ソーシャルリスニング」は間違った答えしか導き出さないというものです。ソーシャルリスニングとはツイッターやフェイスブック、ブログなどの公開情報から、お客の声や要望を引きだそうという社会実験で、これを支えるのが「ビッグデータ」という概念です。ネットワーク機器の普及、コンピュータや記憶装置の高速化と低価格化により、天文学的とみられていた量のデータを集めることができ、それを分母として導き出された答えは正しいのではないかというこちらも実験です。
これだけでも「ソーシャルリスニング」の正体が見えてきます。仮説を前提に仮説を立てる行為を、一般的に「勘」と呼ぶからです。それにも関わらず「ビッグデータ」がかまびすしい理由は至って単純です。
「これだけ集めました」
と言い訳ができます。
統計学上の誤差
100万件と1万件のサンプルを集めた調査結果を用意したとき、100万件の方が、信頼性が高いように感じる人は少なくありません。たしかに同じ条件ならば、集めた分母が多くなれば誤差は減少します。しかし、数は精度を保証しません。統計学的なポイントは「分母の質」にあるからです。この視点に立てば、ソーシャルリスニングを支えるビッグデータが0.2であることは一目瞭然です。
ネットの声を政治に活かす! IT業界からは津田大介氏が、評論界では濱野智史氏などが大声で叫んでいます。ネットで投票を呼びかける若者グループを持ち上げるバカコメンテーターもいました。実に0.2な人々です。ふたつの論点を混同している典型例です。まず、ネットというツールを使った意見集約や広報活動、あるいは社会インフラとしてさらなる活用という視点での提言ならば異論はありません。便利な道具は使い倒すべきです。しかしネットに散乱する意見を「一般論=世論」とする発想が基本的な間違いなのです。ツイッター世論や、津田氏が運営するアンケートサイトなども共通する問題を抱えており、彼らはそれに気づかずにいます。
有吉のフォロワーは0.2%
ツイッター議員として名を馳せる政治家のツイートに、コメントを寄せたフォロワーを5人抽出して、追い掛けてみました。数百名から数十名まで幅はありますが、合計すると1792名をフォローしており、そのうち170名が政治家、9.48%に登ります。同様にタレントの有吉弘行さんのフォロワーを調べると1814件中、政治家のフォローはたったの5件、わずか0.2%です。しかもその5件には、蓮舫、東国原英夫、小池百合子と元タレントが3人含まれます。
政治家をフォローし、コメントを寄せ、リツイートを積極的に繰り返す連中の正体は「政治マニア」です。自分の時間を割いてまで、政治に絡もうとする変わり者です。さらにネット世論特有の問題があります。リアルにおいて、100回同じことを繰り返し叫ぶのは大変ですが、ネットならリツイートやコピペとわずかな労力で主張を拡散できます。つまり、ネット世論を形成する、ツイッターで積極的に発言する人、継続的にブログを書き続けるユーザーとは、限られた一部のこだわりをもった粘着質な人間だということです。コダワリとは特殊事例で、統計上は慎重に扱わなければならないデータです。ところがネットのなかは「コダワリ」ばかりが拡散されているのです。つまりネット上から集めたデータとは、偏りがある質の悪い分母だから「ビッグデータ0.2」なのです。
ネットの住民の標準モデル
ネット上のアンケートがリアルを映しださない理由がここにあります。世論を問うアンケートサイトにアクセスするには、わざわざ自分の時間を消費しなければなりません。限られた自由時間のなかで、趣味と政治を天秤に掛けて、政治を選択する市民は、よほどのコダワリを持っているか変わり者、あるいは政治を趣味とするマニアです。しかし、リアルを動かしているのはネットの住民ではありません。ネットの住民がブログで叫び、アンケートサイトで世相を憂うあいだも、電車は動きバスは走ります。原発がらみで東電を批判するツイートが拡散されても、ネットを動かす電気を作り、届ける電力会社の社員がいるから「なう」とつぶやけるのです。ところが「ネット世論」はこれを拾いません。だから、億万千万とあつめ「ビッグデータ」と誇って見せても、リアル世論と乖離するのです。
先のツイッター議員のフォロワーに奇妙な符合を見つけます。「アニメ」と「軍事」です。彼らのツイートを追い掛けると頻繁にアニメや漫画を語り、軍事系の情報をリツイートしているのです。四六時中ネットに張り付き、アニメ作品を愛し、戦車にときめき、政治を憂うネットの住民。微笑ましいと言うべきか、おぞましいと見るべきか。
…という問題点をまとめた『食べログ化する政治~ネット選挙が招く幼児化~』を発刊予定です。本稿公開時にはキンドルストアで発売されている予定です。宣伝です。すいません。でも、「食べログ」がネット世論の正体です。
エンタープライズ1.0への箴言
「偏った分母から導き出される結論は100%間違い」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は6月11日に発行された電子書籍「完全ネット選挙マニュアル それは民主主義の進化か、それとも自殺か」
完全ネット選挙マニュアル それは民主主義の進化か、それとも自殺か
著:宮脇睦
フォーマット:Kindle版
ファイルサイズ:2204KB
発行:2013/6/11
販売:Amazon Services International
ASIN:B00DCIH9VU
定価:1200
内容紹介:2013年7月21日に予定される参議院選挙より解禁される「ネット選挙」。残念ながら施行される法律はザル法で、壮大なる「社会実験」のようだ。本書は現時点でのネット選挙への懸念と課題を提示すると同時に、ネットを利用した選挙戦において必要充分のノウハウを紹介した、日本初の「ネット選挙マニュアル」だ。
例えば「なりすまし」は規制や厳罰化だけで根絶することは不可能。そこで「なりすまし」を封じる対策が必要となる。しかし、残念なことに政治家はネットに疎く、警鐘を鳴らすポジションのはずのマスコミは無知に近く、さらに専門家の立場である、ウェブ有識者はこれを礼賛するばかりで、問題を指摘しない。国内のIT関連企業はゴールドラッシュと、盛り上げることに普請する。
しかし、選挙とは民主主義を担保する仕組みで、いわば日本の統治機構の重要な土台となるものだ。これがいま、アメリカに支配され、近隣諸国からの攻撃を受けかねない自体であることを指摘する声はない。
本書はネット選挙のマニュアルであるとともに、挑戦的にネット選挙の違法と合法の境目に踏み込み問題点を喝破する警告の書でもある。