参院選のただ中ですが
天下分け目…というか、自民党がどれだけ議席を獲得するかだけが焦点の参議院選挙。ひきずられるように、今回からはじめて解禁されたネット選挙も、盛り上がりに欠けています。津田大介氏など、ウェブの有識者が指摘したようなネット選挙解禁による投票率の上昇も期待できません。当然です。ネットは道具に過ぎず、候補者や政党、政策といった素材が悪ければ食欲は湧きません。そもそも、ネットを使えばすべてが良くなるという発想が「0.2」です。
そのなかでも最もネットに積極的に取り組んでいるのが自民党です。守旧派、長老、体制派などというイメージの強い自民党ですが、これは日本新党ブームの頃からマスコミが張ったレッテルに過ぎず、よく言えばアバンギャルド、正しくは無節操で貪欲、そして基本的にはミーハー。これが自民党の正体です。だからネットへの取り組みは早く、2001年の小泉純一郎首相時代には「内閣メールマガジン」を発行していました。ニコニコ動画へも積極的に露出しており、今回のネット選挙は彼らの独擅場といってもよいでしょう。そして「0.2」のネタを提供してくれます。
ITベンダーの新市場
自民党はネットの監視を始めています。当然の取り組みです。誹謗中傷は拡散される前に叩きつぶすのが鉄則だからです。しかし、改正公職選挙法ではこれらを「侮辱罪」や「名誉毀損」で対応しようとしています。どちらも親告罪で恣意的に濫用でき、権力の暴走により表現の自由が脅かされる懸念があるのですが、これを指摘する声はマスコミからもネット世論からもみつかりません。まだまだ政治が信頼されている証拠でしょうか。いや、以前指摘したようにマスコミのネットリテラシーが「0.2」だから気がつかないだけです。
ネットの監視は「Truth Team(T2)」が行います。チームは自民党のネットメディア局の議員約20人のほか、選挙スタッフやITベンダーの社員、さらに顧問弁護士も参加し、誹謗中傷の書き込みを発見した場合は、速やかに法的手段を取り、削除要請できる体勢を整えています。これらの動きについて、党の広報部長を務める小池百合子衆議院議員は「誹謗中傷への対応だけでなく、(ソーシャルメディアを)インタラクティブに活用していくため」と日経コンピュータの取材に答えます。同記事ではチームリーダーに就任した平井卓也衆議院議員が「自民党は野党に転落した2009年から(口コミ動向を把握する)ソーシャルリスニングに取り組んできた。口コミが一気に増える今回の参議院選挙は、大量のデータを収集する絶好の機会だ。選挙後も分析を継続し、選挙活動のほか政策立案にも生かしていきたい」と語ります。
まるでピーピングトム
ソーシャルリスニングとは、ツイッターやフェイスブックなどの、ソーシャルメディア上の発言から、トレンドや自社商品の評判などをピックアップし、ビジネスに反映させる取り組みです。顧客の許可を取って収集する「客の声」と違い、広範なデータを収集することでより生の声を聞けるという触れ込みですが、何のことはないピーピングトム、出歯亀、のぞき見や盗み聞きです。オブラートにつつむなら、無許可のリサーチ。新しい言葉を用意して大騒ぎするのは、いつものIT業界の悪弊です。
百歩譲って、それが私たちの暮らしに役立つならば見逃すとしても、自民党のそれは「ソーシャルリスニング0.2」です。なぜなら、集めた生声を活かしていないのです。
先に登場した自民党の平井卓也議員は、ネット選挙は「フェイスブックが主戦場になる」とネット番組で答えています。ところが同番組で紹介された「選挙期間中に何を使って(通じて)候補者の発信する主張や意見を知りたい?」というアンケート結果は、約半数の49.3%がホームページやブログと回答し、フェイスブックは8.5%に過ぎません。2009年から4年間、いったい何をリスニングしていたのでしょうか。
投票率は天気次第
平井卓也議員は「ホームページへの誘導は難しい」と弁明を試みますが、それが「ソーシャルリスニング0.2」であることの告白です。ソーシャルリスニングというのぞき見により、ネットの住民が関心をもつ政治課題や政策が分かっていれば、そのことについて触れたコンテンツを作り、検索結果の上位に表示させれば自党のホームページへの誘導は簡単にできます。この検索結果の上位表示を目指す取り組みを「SEO」と呼びます。ビジネスをしているサイトなら、SEOは基本以前の取り組みです。そして「ホームページへの誘導は難しい」というウェブ担当者は、民間企業なら更迭されています。仮にソーシャルリスニングに取り組み、国民の声を聞いていたとしても、それを活かさないなら「覗き魔」に過ぎません。
もっとも自民党のネット選挙の取り組みに「0.2」を見つけるのは彼らがそれだけ積極的にネットに取り組んでいる証でもあります。誰だって、はじめからネットを上手に操れるものではありません。取り組み期間の割りに結果が伴わないのは…政治活動が忙しいからなのでしょう、きっと。
そしてネット選挙が解禁されました。ただし、穴だらけのザル法。グレーゾーンばかりです。そこでひとつの実験です。
「参議院選挙は自民党に投票してください。お願いします。宮脇睦(本稿筆者名)」
ホームページやブログ、ツイッターにフェイスブックでの投票の呼びかけは解禁されています。それではウェブサイトの「連載原稿」はどうか? 身体を張った「実験」です。そして、ソーシャルリスニングそのものが「0.2」ということについては、公選法違反で逮捕されていなければ次回にお届けします。
エンタープライズ1.0への箴言
「話を聞いただけなら盗み聞きと同じ」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は6月11日に発行された電子書籍「完全ネット選挙マニュアル それは民主主義の進化か、それとも自殺か」
完全ネット選挙マニュアル それは民主主義の進化か、それとも自殺か
著:宮脇睦
フォーマット:Kindle版
ファイルサイズ:2204KB
発行:2013/6/11
販売:Amazon Services International
ASIN:B00DCIH9VU
定価:1200
内容紹介:2013年7月21日に予定される参議院選挙より解禁される「ネット選挙」。残念ながら施行される法律はザル法で、壮大なる「社会実験」のようだ。本書は現時点でのネット選挙への懸念と課題を提示すると同時に、ネットを利用した選挙戦において必要充分のノウハウを紹介した、日本初の「ネット選挙マニュアル」だ。
例えば「なりすまし」は規制や厳罰化だけで根絶することは不可能。そこで「なりすまし」を封じる対策が必要となる。しかし、残念なことに政治家はネットに疎く、警鐘を鳴らすポジションのはずのマスコミは無知に近く、さらに専門家の立場である、ウェブ有識者はこれを礼賛するばかりで、問題を指摘しない。国内のIT関連企業はゴールドラッシュと、盛り上げることに普請する。
しかし、選挙とは民主主義を担保する仕組みで、いわば日本の統治機構の重要な土台となるものだ。これがいま、アメリカに支配され、近隣諸国からの攻撃を受けかねない自体であることを指摘する声はない。
本書はネット選挙のマニュアルであるとともに、挑戦的にネット選挙の違法と合法の境目に踏み込み問題点を喝破する警告の書でもある。