国民の幸せとは何だ

2013年4月4日の産経新聞で、東京大学の坂村健教授は、ネット選挙について「規制は全廃すべきだ」と結論づけ、有権者に「ネットリテラシーをもってもらう以外に本質的対応策はない」と指摘します。

基本的には坂村教授の意見に賛成です。しかし、この「0.2」シリーズを通じて、面白くも愚かで、ゆえに愛すべき人間の真実の姿を追い掛けるものとして素直に頷けません。なぜなら「ネットリテラシー」を身につけることは、必ずしも国民を幸せにするとは限らないからです。

ゴールデンウィークまっただなかの今回は特別版。「ネットリテラシーがもたらす未来」について。

坂村教授の矛盾

先の記事のなかで坂村教授は「出元のはっきりしない情報は信じない」「違う意見も幅広く読む」を基本的なネットリテラシーと紹介します。しかし、これはニワトリと玉子のどちらが先に生まれたかを問うパラドックスです。なぜなら、両者を実践できるのはネットリテラシーを身につけた人だけだからです。

出元=情報発信元とするなら、マスコミ情報は信じられることになります。しかし、そのマスコミには、関係者筋、政府関係者、知人の話と、出元=情報源が明示されていないネタが掲載されることは少なくありません。つまり情報の出自を問い始めると、ほとんどすべての情報が疑わしく見えてくるのです。さらにネットリテラシーが身についていない状態で「違う意見も幅広く読む」を実践するとこうなります。

「誰も信じられない」

詐欺師を革命の闘士と扱い、聖者を庶民として引きずり下ろすように、情報が錯綜するのはネットの中だけではありません。朝日新聞と産経新聞を読み比べると、同じ国の新聞と思えないほど主張と解釈が異なります。坂村教授の意見は正しいと理解しながらも、それが優等生のタワゴト…もとい、強者の論理を一般市民に押しつける傲慢さを見つけてしまいます。

ネットリテラシーを身につければどうなるか? そんなに楽しい世界は待っていない。と結論を先に述べておきます。

AKB48と小林よしのり

『おぼっちゃまくん』などで知られる漫画家の小林よしのり氏は、保守を自称し論壇でも活躍しています。その彼がいまアイドルグループ「AKB48」の信者を広言して憚りません。テレビ番組でギター片手に『フライングゲット』を熱唱までしています。率直に「なぜ?」という疑問が浮かんだら、調べてみるのはネットリテラシーの基本の基本です。

両者に見つかった接点は「パチンコ」。どちらも京楽産業というメーカーから、パチンコ台を発売しているのです。一種の仲間意識が入口なのかもしれません。しかし、一方で舞台裏での接点を邪推してしまいます。いわゆる「接待」とか…は、坂村教授の指摘する出元の怪しい情報に属するので、ここで記すことはしませんが「調べる」と、行動に移すだけで妄想を膨らませるに充分な事実が見えてきます。

次に「保育ママ一揆」というニュースを見つけます。筆者の住む足立区で、認可保育所への入所審査に落選した主婦が、区役所に押しかけ抗議しています。はて? 園児確保に奔走する区内の幼稚園経営者を知るものとしては首をかしげます。そして、調べてみるとかしげた首の角度がさらに深くなります。足立区のホームページには、保育所の「空き情報」がいくつも掲載されていたからです。

過去が風化しない世界

認可保育所への申請書類を見ると、シングルマザーや生活保護など、ネガティブな要素があるほど優先される仕組みになっています。一揆を起こしたママ達の落選理由を、語弊を怖れずに言うならば「幸せだから入れない」のです。視点を変えることもまたネットリテラシーの1つ。すると、ブルジョワ層による一揆という傲慢の影がちらつきます。つまり子育てママを「弱者」とし、行政を「強者」におき、「役所が悪い」と盲目的な批判ができなくなります。これが庶民にとっては、意外とストレスが溜まります。「お上が悪い」とは江戸時代から続く、庶民のストレスのはけ口でもあるからです。

さらにこんなことまで分かります。先の衆院選挙で初当選した与党の若手議員は、ITベンチャーを経て起業したとプロフィールを飾ります。ITベンチャーの名前を調べる過程で、公式サイトに記載していない、彼の離婚歴や起こした騒動が発掘されます。別の「ネット議員」は、飲酒運転の果てに事故を起こし、親の知名度により当選していた都議会議員を辞職します。ところがそのわずか1年半後に、政党を変えて国政選挙に挑み、選挙区では落選しましたが、新党ブームに乗るかたちで、比例で復活当選していました。

ネットにはすべて保存されており、ネットリテラシーを国民が身につければ、過去の過ちは永遠に晒され続けます。政治家だけなら自業自得と突き放すこともできますが、すべての国民生活に通じ、かつてなら時の流れとともに風化された記憶が発掘されてしまいます。そこに待つのは「相互不信社会」です。情報はすべて疑い、過去の過ちは永遠に責め続けられ、一度の失敗が命取りになれば、疑心暗鬼が平常心となります。筆者はそんな未来を望みません。

エンタープライズ1.0への箴言


「ネットリテラシーは両刃の剣」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」