解禁されるネット選挙
いよいよ今夏の参議院選挙からネットによる選挙活動が解禁される見通しとなりました。2010年の参院選でも、議論が盛り上がり、わたしも何紙か新聞の取材を受けました。ある新聞記者にはネットの仕組みと、課題についてノーギャラで2時間ほどレクチャーしたところ、その翌日、当時の鳩山由紀夫首相が辞任を表明して記事が流れたと記者から詫びる電話がはいったことを思い出します。
今回はほぼ決まりです。しかし課題は山積みです。というより、こんな「ザル法」をよく通すつもりでいるなぁと呆れております。ひとことで言えば「ネットを理解していない」ということ。もっとも顕著な例をあげれば、インターネットに国境はなく、東京都足立区にいながらブラジルのポルノを閲覧しようと思えばできるし、ジャパニーズアニメを中東のカタールに住む子供が楽しもうと思えばできるように、国境線がそこにはありません。つまりは海外からの「サイバーアタック」を受ける危険に晒されているのです。折しもこの3月20日、韓国は北側からと思われる大規模なサイバーアタックを受けて報道機関などが重大な被害に遭いました。同盟国の米国は中国を名指ししてサイバーアタックを非難しています。そんな国際情勢のなか、対策も立てず、取り締まるための法律も用意せず、ネット選挙の解禁だけが決定されようとしています。
ツイッター議員の実力はいかに
そもそもこの数年の国政選挙において、すでにネットは選挙活動に利用されていました。選挙期間中も各党が最新情報を更新しつづけていたのです。これは公職選挙法のグレーゾーンである「政治活動」として。昨年末の衆院議員選挙で橋下徹大阪市長がツイッターの更新を続けたのもこれを利用したものです。その他にも勝手連としての有権者の支持表明は行われていましたし、ネット解禁が有権者への情報提供の機会を増やすことであるなら、日頃からツイッターで発言し、ブログを綴っていれば充分事足りています。
それではネットを利用して票は集まっているのでしょうか。今回は政治家という公人ですが、個人を中傷する目的ではないのでイニシャルでしかもそれは匿名としておきます。状況証拠から個人を特定されても、答え合わせには応じないのであしからず。
前回の参議院選挙でネット選挙が解禁されれば20万票獲得できると豪語した政治家がいました。ネットの達人と評判の議員でしたが、解禁が見送られると5万票へと下方修正します。ポッドキャストといった「音声」は公職選挙法が禁ずる「印刷」に当たらないという解釈で選挙期間中もネットを活用し、結果は前回選挙と比較して、予言していた5万票…以上を減らしていました。
結局はヨットと同じ
ネットの使い方が悪かったとはいいません。あの手この手の工夫は、先駆者たらんとする意気込みを感じたものです。この議員は民主党に属しています。前回選挙とは2006年で、政権交代への期待と、前年にあった郵政選挙の反動、第一次安倍政権へのマスコミの執拗なバッシングなどなど、強烈な追い風を受けての得票で、反対に2010年は冒頭に述べように鳩山由紀夫氏が迷走を繰り返した末に辞任し、菅直人氏が首相となり、安倍晋三総理が小泉純一郎元首相から「禅譲」されたことを激しく非難していた言葉が、民主党に深く突き刺さった直後の逆風選挙。つまり結論は「風」です。
つづいて「ツイッター議員」として各種メディアに露出しまくりのH氏、こちらは自民党です。民主党政権への失望もありましたが「追い風」というよりは「無風」の2012年12月の選挙です。浮動票を最大の票田とする都市部の小選挙区で、公示後のツイートは控えましたが、フォロワーは2万5千を数えます。無事小選挙区で勝利しますが、超逆風の2009年の「政権交代選挙」で死守した票から、わずか3,227票しか伸ばしていません。
グルメOLのブログ
しかも、前回この小選挙区を制した民主党の前議員、維新の会とみんなの党から出馬があり、三者の合計はH氏を2万票上回ります。すると勝因はツイッターではなく、ライバル達の票の食い合いによる「漁夫の利」とみるべきでしょう。これが現状においての「ツイッター議員」、あるいは「ネット議員」の実力です。2012年末の衆院選挙、小選挙区の当選者をすべて調べたところ、ツイッターの活用により顕著に数字を伸ばした議員はひとりもいません。
選挙期間中にツイッターを使えなかったからとは言い訳に過ぎません。H氏のツイッターは、ラーメンやカレーの写真投稿が目立ちます。おざなりなコメントにラーメンが収まるその様は、丸の内OLのグルメブログです。政治家に期待する仕事ではありません。その前の20万票議員のツイートは、まだ政治家然としたものですが、ツイッターの醍醐味である「からみ」がそこにはありません。まるで通勤途中のサラリーマンに一方的に話しかける「辻立ち」です。ネットツールの醍醐味を理解していない「ツイッター議員0.2」なのです。
そんな彼らが作る法律だからなのでしょう国防も民主主義も守ろうとしません。ネット選挙解禁により直面する危機はサイバーアタックだけではありません。検索結果に誹謗中傷を並べることができるGoogleの「サジェスト機能」について対策すらとっていません。いくら「国防」を米軍にアウトソーシングしているからと言って、選挙において重要な公平性の担保までGoogleという米国の民間企業に丸投げし、「ラーメンなう」とツイートできる神経が理解できません。
エンタープライズ1.0への箴言
「ツイッター議員の実力は相当怪しい」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。