足立区民の敵か?

ある日、読者から「安藤美冬という人をご存じでしょうか?」とメールが届きます。昨年の春に「ノマドワーカー」としてTBS「情熱大陸」で紹介されたとのことですが、このメールが届くまで知りませんでした。「情熱大陸」に限りませんが、この手の「密着取材系番組」にはPR会社や広告代理店の匂いが漂うことが多く、売るほど暇があるときしか見ることはありません。特定のオフィスをもたず、ネットが使えるカフェなどを利用する仕事術を、遊牧民を意味する「ノマド(ワーカー)」と呼びます。自宅兼事務所に客を呼びつける「定住型」の、わたしのビジネススタイルとは対極にあります。

読者が伝えたかったことは情熱大陸でもノマドではありません。彼女のブログにあったこの一文です。

そして印刷されている「住所」。
「クリエイティブな仕事をされているのに、足立区」
なんていうのじゃ、もったいない。
(安藤美冬オフィシャルブログより引用)

名刺に記載する住所についての彼女の見解です。アイラブ足立区を広言するわたしへの読者からの密告です。物書きもクリエイティブとするなら、わたしはもったいないことをしているのですね。

ブログDEブランディング

この発言は局所的に「炎上」していたようですが、足立区に続け「なんていうのじゃ」と投げ捨てる表現に侮蔑感情が含まれている点にイラッとはしましたが、発言自体は「ふーん」程度のものです。自己演出の「セルフブランディング」について述べた一節で、住所はもちろん肩書きなどの付随情報による演出は「虚業の世界」のお約束だからです。○○連合の××さんは俺の兄貴のマブダチだといきがる中学生の「セルフブランディング」と同じです。「クリエイティブ」な仕事の利点は、実力がさえあればどんな山奥に住んでいても注文がはいるところと、わたしは考えます。

T氏の肩書きは「ブランディング起業請負人」。地方自治体の主催によるセミナーに登壇し、無名でも大企業に負けない「ブランド力」を手にすることができる時代になったと語ります。その方法は「ブログ」です。とにかくブログを書けと薦めます。文章は書くウチに必ず上手くなるといいますが、これは本当の話。書けば書くほど文章は上達します。手前味噌ですが、学生時代に反省文しか書いたことがない私が、作文でギャラを貰っていることが証明です。ただし残念ながら「成長速度」には才能という個人差がつきまといます。

裏側はお粗末

ブログを書くのは第一段階。真のブランディングはこの次とT氏。ある程度、ブログが溜まったら、それをまとめて「本」にするのだとさらりと語ったところで、プロジェクターにT氏の著作が映しだされます。たしかに「本」をだすと思いもかけぬところから、話しが来るもので拙著を上梓したのち、四国のとある有名企業の社長が、教えを請いたいと朝一番の飛行機にのって、安藤美冬氏が述べるところの「もったいない足立区」の拙宅にやってきたこともあります。ただし、ブログはいくら書いてもブログに過ぎません。本はひとつの思考やテーマに沿ってまとめられるものであり、散文の集合体が本になるのは有名芸能人が私生活を綴った体(てい)のエッセイぐらいでしょう。

ブログを書き、書籍化を進めるT氏の正体は「出版ブローカー」です。著者を発掘し、世に送り出すことを建前としていますが、実際は「自費出版」の仲介をしてマージンをとることで生計を立てています。つまり、セミナーの目的は、見込み客の確保。もちろん、彼の著書も自費出版です。彼が「セルフブランディング0.2」であるのは、薦める彼のブログの文章が「稚拙」に過ぎるからです。学生同志のメールにあるような、平易すぎる文体では大人相手のブランディングは困難です。

世界の北野はノークリエイティブ

安藤美冬氏はウィキペディアによれば慶応義塾大学から集英社に入社した才媛。ということは「足立区なんて」という表現は誤字脱字の類ではないでしょう。もちろん、価値観は人それぞれ。ところが先の文にこう続けます。

もちろん足立区が悪いのではなく、「クリエイティブな仕事」から連想するイメージにそぐう住所であるほうが、ブランディング的には強いということです。(同)

つまり釈明するふりしながら、再度「足立区」とわざわざ記し、反語的に67万足立区民を小馬鹿にします。安藤美冬氏の述べるセルフブランディングの手法がわざと敵をつくることなら、彼女からもまた0.2の香りが漂います。なぜならそれはネット用語で「炎上マーケティング」と呼ばれるもので、騒動を起こして注目を集める虚業の手法だからです。これもセルフブランディングの手法だと開き直るのなら、そう語るべきでしょう。迂闊なファンが真似しないように。

ちなみに安藤美冬さんの大学の先輩にあたる直木賞作家の朱川湊人さんは、受賞後もクリエイティブ的にはもったいない足立区在住ですし、「世界の北野」こと北野武監督が生まれ育ったのは足立区梅島(当時は島根町)。例えばこれまたクリエイティブな映画人が、北野武監督に憧れ足立区に引っ越したなら、足立区は立派なブランディングとなるのですがね。

エンタープライズ1.0への箴言


「実力の伴わないブランドは信用を失う」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」