いつものことですが
官公庁と大企業が仕事始めの1月4日。日経新聞は昨年来の特集企画である「ネット人類未来」のまとめコメントで「ネットの強大な力はヒト・モノ・カネのすべてを変えます」と煽ります。これは新聞記者のようないわゆる「リア充」が成功を喧伝するネット企業に接したときにはまる陥穽(かんせい)で、ネットによって社会がよりよくなるというベクトルを前提とした結論です。ちなみに「リア充」とは、リアル(現実社会)にそれなりのステータスをもち、充実している生活を過ごしている人のこと。
ネット企業が営んでいるのは「商売」です。彼らの発言が我田引水になることは自然な営業活動で、彼らはマクロとミクロの視点を意図的に混同して「物語」を創作し、世間知らずの新聞記者がそれに簡単に騙されます。特に企業担当の記者は、取材対象との人間関係から舌鋒は鈍り、意見交換という名の接待攻勢に取り込まれることもしばしば…とは、とある大新聞の記者による身内批判の弁です。
ネットは社会を変えるかも知れません。しかしその結末が必ずしも「良」であるとは限りません。
数カ月で撤退した理由
マクロとミクロのすり替えについて分かりやすい一例を紹介します。「楽天」の三木谷浩史氏はかつて週刊誌に、ネット通販の利点を
「トランザクションコストをゼロにする」
と説明していました。中間マージンを排除する「中抜き」で、物流が活発となり、中小零細にも活躍の機会が生まれるという文脈からの発言ですが、俗に「楽天税」と呼ばれる楽天市場の出店者が負担する手数料は「トランザクションコスト」以外のなにものでもありません。マクロ的にみたトランザクションコストのベクトルは減るという意味ではゼロの方向に向かっていますが、楽天市場のビジネスモデルは新たなトランザクションコストの創造です。また、楽天市場に出店する零細企業というミクロ側からの視点では、楽天税という中間マージンの負担が増えているのでベクトルは正反対です。こうしたすり替えは、ネットにより社会革命が起こるかのように喧伝する人々の得意技です。
某製薬会社…ここではAとしておきます…が、薬の通販事業に乗り出し、わずか数カ月で撤退しました。理由は「販売不振」とされていますが、事実上はドラッグストアチェーン各社による抵抗ゆえの挫折です。そもそも薬の通販進出はマクロ的な経営判断としては正しくとも、ミクロの視点を取りこぼした拙速な判断、「中抜き0.2」だったのです。
ドラッグストアをめぐる包囲網
すでに「豆腐」を販売するドラッグストアは珍しくありません。玉子を1パック98円で特売する店もあります。そこだけを捉えると、ドラッグストアがスーパーマーケットの領域を浸食したとも見えますが、もともと生理用品や絆創膏といった薬局の庭を荒らしたのはスーパーマーケットです。またコンビニエンスストアやホームセンターも参戦し混迷は深まります。
ドラッグストアの最大のアドバンテージは「薬」を取り扱えることです。特に2009年の改正薬事法の施行により、効能が高いと区分された医薬品のネット通販が厳しく禁じられました。事実上のネット通販潰しだという声は当時から高かったものです。これに対してネット薬品通販の「ケンコーコム」と「ウェルネット」が提訴し、一審では敗訴したものの昨年4月の二審で逆転勝訴し、さらに高裁判決を見直す場合に開かれる「弁論」がなかったことから、最高裁判決として本年1月11日に薬のネット通販に「解禁」のお墨付きが与えられる見通しとなっております(本稿執筆は2013年1月7日)。
そして今後、薬のネット通販が拡大する、だから直販による「中抜き」で…と勇み足したのがA製薬ということです。
倫理とメリット
製造業者が「直販」すれば、究極の「中抜き」です。問屋と小売店を飛ばすことで、消費者にとってもメリットが生まれる…かもしれません。「直販」の流れはどの業界でも起こっており「マクロ」の視点では正しい。しかしA製薬の従来のお客は問屋や小売店です。それを「中抜き」して販売するなど、商売上の仁義も倫理もあったものではなく、すでに述べたようにドラッグストア自身も厳しい競争に晒されており「敵」になると宣言した製薬会社の商品を扱うほどお人好しではありません。
ネットの拡大が人類の幸せと轍を同じくするものであると楽観などできません。「薬ネット通販の拡大」でも同じ。楽天の三木谷氏がいうような「トランザクションコスト」も、ドラッグストアのような大型小売店への一括配送と、各家庭への宅配ではどちらが割高となるかは火を見るよりも明らかです。さらに、個別配送に伴い温室効果ガスが増加すれば、人類は別のコストを負担しなければならなくなります。
また仮に「中抜き」が進み、ドラッグストアが街の風景から消えたとき、正月休みも最後だと深酒した結果発生した、いまこの頭痛を直す術をわたしは持ちません。ネット通販なら最速でも翌日。ネット通販各社は当日宅配を拡大するといっていますが、それでも数時間のガマンを強いられます。あるいは配達が夕方となれば、わたしは新年会と称して夜の街に溶けていることでしょう。
便利を突きつめることで、生まれる不便もある…それが人間社会の現実。ネットなどの、その最たるものです。
エンタープライズ1.0への箴言
「中抜きから生まれるゆがみがある」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。