ネット選挙の裏技

本稿公開時は衆議院選挙の真っ最中。東京都では都知事選挙も行われています。わたしの事務所は、某党の前党首の選挙区にあり、必勝を期すためと、がなる街宣カーが朝から晩までせわしなく駆け回ります。

相も変わらず選挙となれば、街宣カーで名前を連呼。これだけネットが普及したのに、選挙利用が禁じられていることも理由のひとつでしょう。とはいえ、実際にはすでに活用されています。本稿執筆は公示前ですが、橋下徹日本維新の会代表代行はツイッターの更新を続けると宣言しています。立候補者本人ではなく、投票行動を呼びかけなければセーフだろうと言う脱法的解釈はさすが弁護士です。もっとも程度の差こそあれ、実状はどこも同じ。後援会や支持者が「勝手連」として、候補者を褒めそやすのは「表現の自由」ですし、党本部の発信する「ニュース」は見逃されています。さらに禁じられているのは「印刷物」という理由を逆手にとって「音声」を配信する強者もいます。

つまり「抜け道」が多く、それを知っている立候補者にとっては、いまのままの方が都合が良く、だからネット選挙が解禁されないのだとは、うがち過ぎでしょうか。

政治家のブログ

そもそもTwitterやフェイスブック、ブログもふくめた「ソーシャルメディア」は政治家向きです。国政、地方自治を問わず、政治家は地域の会合に出席するのが大好きです。それは残念な事実としては、掲げる政策ではなく「会ったことがある」を最大理由として投票する有権者が多いからです。先の橋下さんが「国会議員が盆踊りに行く」と批判しましたが、同じことをネット上で再現できるのがブログやTwitterなのです。Twitterで過激な発言を繰り返しフォロワーを集めるのも、盆踊りで握手を繰り返すのも有権者の目に触れるという目的においてはまったく同じです。

都心からすこし離れたベットタウンの地方議会議員を務めるTさんは来期で引退を考えている老政治家です。貧しさから早くに社会にでて、壮年を過ぎ大学にチャレンジし卒業した努力家で、引退を決意したいまも向学心は衰えを知りません。そして「ブログ」に手を出します。

政治活動のルールとマナー

じじぃの手習いと自嘲しながら覚えたパソコンでブログを更新していました。気軽に情報発信でき、時事に触れ熱を帯びる政治的主張を「本音」と受けとった有権者が好意的なコメントを寄せてくれます。地域という単位だけで人が集う会合より、政治に関心を持つ訪問者が閲覧しコメントするブログのほうが、活発な議論に向いており、そこにTさんははまったのです。

議会を二分する条例の審議が始まりました。Tさんは条例の賛成派としてブログにその主張を書きます。まもなく採決というある日、後援会事務所の電話が鳴ります。自身を作家と名乗り、すでに鬼籍の大先輩の係累という触れ込みです。たまたま事務所にいたTさんが電話を替わると、条例に反対しろと藪から棒に翻意を促します。こうした陳情ともいえない一方的な「要求」はよくあることで、Tさんは一通り話しを聞いた上で、賛成する理由を伝え受話器を置きます。

反対意見があることを示しながらも、賛成の立場を崩さなかった自分を誇り、そうブログに書きます。名乗りもこみで。そして「炎上」します。ネットの世界ではすこしは知られた作家で、大先輩の係累というプロフィールも事実で、そのふたつの情報だけで「電話の主」に辿り着き「個人情報の暴露だ」と燃え上がったのです。

政治だけの問題ではない

仮にTさんが大先輩の名前に意見を翻したなら、特定の人間による専横がまかり通るということで民主主義に反します。まして作家を名乗り政治的表明をしたのなら言葉に責任を持つのがリアルの世界のマナーとルール、晒されたとしてなんら不都合はないでしょう。しかし、電話の主は残念だと、ブログに書かれたことを悔しがり、幼なじみの雑誌記者がTwitterでこれを煽ったので炎が燃えさかりました。

ネットでは公と私の境界が曖昧になります。そこから都合良く、公と私を使い分ける人は、有名無名を問わずに後を絶ちません。しかし、残念ながら「ネット言論」ではこれが当たりまえ。つまりTさんは「ネット言論0.2」。先の作家は「個人的な活動」だから保護されるという認識だったのでしょうし、これは以前に触れたロンブー淳さんの事件…騒動と同じです。タレントという準公人の立場の活動を、会社を経由した仕事ではないからプライベートであり私人だという論法。報酬の有無はビジネスとプライベートを分ける境界線ではなく、名乗りを上げた以上、その立場としての行動とみられるのが社会の常識ですが、ネットではこれがときおり非常識にされるのです。おかしな話しですが、ネットを選挙活動に利用するなら、ネットにのみ通じる作法を理解しておかなければならないのです。ちなみにネット上で活発に情報発信している政治家は、上手に公と私をすり替え、私憤を公憤とフォロワーを煽るのがお上手です。

ネット選挙が解禁されない…といわれ続けて10年が越えました。それを政治家の怠慢にだけ求めることに頷けません。米国民主党とIT業界の蜜月はつとに有名で、Googleは再選されたオバマ大統領に多額の献金をしています(※ 米国の政治監視団体「Opensecret」調べ)。翻り、我が日本にだってIT企業と呼ばれる大企業は幾つもあります。しかし、政党に金を出したという話しは聞いたことがありません。むしろ、選挙関連サイトを立ち上げているIT企業は多く、集客コンテンツとして計算に入れ、各党、各陣営が本気でネットに取り組むようになれば、自社の運営サイトへの訪問者が減ることを怖れ、先延ばしにしている…とは考えすぎでしょうか。

エンタープライズ1.0への箴言


「ネット文法を覚えなければネットの選挙活動は難しい」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」