飯田橋のR社

けたたましく鳴り響く事務所の電話に、仕事の手を止め対応します。「R社です」と元気よく挨拶が聞こえ、その名前に不快とラベルを貼った記憶の箱から物音がします。追加情報として所在地を訊ねると「飯田橋」。地名に箱の中身が飛び出しこう答えます。

「以前、オタクの会社からとても失礼な売り込みがあった。2度と電話をかけてくるな」

一日に何度もかかってくるセールスの電話は、おもに「マイライン」と「OA機器のリース」です。前者は「NTTの代理店」を名乗り、あたかもNTTのサービスの一環であるかのように料金が安くなると勝手に話しはじめます。断るとこう食い下がります。

「安くなることに何か問題でも」

ノーと答えにくい質問を投げかけ、会話の主導権を握ろうとするのはテレフォンセールスと詐欺師とナンパ師の常套手段ですが、彼らは「マニュアル」どおりに語っているに過ぎません。しかし小馬鹿にしたこの言い方が大嫌いなわたし。

「問題を君に話さなければならない理由があるのかい?」

彼らはテレフォンセールスの基本を知りません。

受話器の向こうに聞こえた上司

数年前に電話を掛けてきたR社の担当は、安くなることを断るなんて理解できないと呆れ出します。失礼だねとわたし。契約の自由はこちらにあり、ましてや突然電話を掛けてきたうえでの非礼の数々を指摘してもあきらめません。そこで電話番号と住所を要求し、必要があればこちらから連絡すると伝えると「飯田橋」と都内の地名までだしたところで、誰かに止められたかのように話を逸らそうとします。すぐにそばにいる上司に電話を替われと要求します。こうした詐欺的手法を使うテレフォンセールスの現場では「見張り役」の上司が必ずそばにいるのです。すると「保留」ボタンも押さずに受話器おいたため、向こう側の会話が小さく聞こえてきます。

「うるせぇ客だな。切っちゃえ」

上司らしき声が聞こえたと同時に通信が途絶えました。

無差別に電話を掛けるテレフォンセールスの基本は「数」です。一本でも多くの電話を掛けることでしか成約件数を積み上げることができません。そもそもR社のように、客を小馬鹿にしておいて、その後の取引がまとまるわけがありません。

R社の事件よりさらに数年前に遡ります。「回線が速くなる」というセールストークに心を動かされ、一週間後の「回線診断」での来社を約束します。まだ当社の地域に光回線が届いておらずADSLしか選択肢がなく、基地局から遠いために速度も遅く、特にアップロードに不満を持っていた時代です。

なんだよプロじゃん

2人の若者がやってきます。まず「配線図」をつくるので利用環境をみるといいます。当時は2LDKのマンションの一室を事務所としており配線といってもシンプルなものです。手書きの部屋割りと配線は、どうみても素人の落書きで、会話中もキョロキョロとあたりを見渡し落ち着きがありません。積極的な反応を見せたのは、ファックスを見つけてからです。急に饒舌になった彼らの言葉を要約すればこうなります。

「FAXいかがですか。コピー機もいかがでしょうか」

彼らは「回線診断」という理由づけをして「売り込み」に来ていたのです。

まず、電子メールでのやり取りを主にしているのでFAXは感熱紙で十分。コピーも月に数枚とるかとらないかで、徒歩5分もせずにあるコンビニを利用すれば事足り、長期保存する必要があるものはスキャナーを用いてデジタルデータに変換しており、こちらなら日焼けも色褪せも劣化もしないと論理的に不要である理由を説明します。言葉をなくした2人の若者に、本日の来社目的である「回線」について疑問と提案をぶつけます。

「通信回線しかメモしなかったようですが、ADSLの電波干渉なら近隣がISDN回線を使っている場合もリスクといわれていますよね? それも必要なら不動産屋とかけあって他の住民の利用状況を尋ねてみますが」

そこは漏らしちゃダメ

すでにわたしは楽しんでいました。と、同時に「営業マン」の先輩として、自分より知識のある客に対峙したときのリアクションを見たかったのですが「社に帰って検討します」とギリギリ合格点。見逃してあげることにしました。ところが彼らが部屋をでて、扉を閉めた数秒後、廊下から大きな声が聞こえて来ました。

「ありゃ無理だよ。プロだもん。誰だよ、アポとったの」

事務所を出て階段すら降りる前の廊下で「感想」を語り始めた「テレフォンセールス0.2」です。回線診断という虚偽を用いて訪問するやり方は脇に置いても、基本的な回線の知識を持たず訪問することがすでに「0.2」ですし、少なくとも客の最寄り駅を離れるまでは、客について触れることはタブーです。どこで客の関係者が聞いているか分からないからです。それが廊下は論外です。その後、彼らから連絡はありません。テレフォンセールスに厳しい態度をとるのは、こうした0.2な人が多く「時間の無駄」になるからです。彼らは自分たちが売る商品、売りたい業界の情報すら学習していません。

テレフォンセールスするすべての業者を否定しているのではありません。そこで信頼できる業者かどうかを区別する基本的な方法を紹介しておきます。「社名と住所と電話番号を求める」。R社のケースで使った手法で、まともな営業をしている会社なら喜んで伝えます。そして気の利いた営業マンなら、定期的に電話をかけてきて様子を伺います。門前払いよりは可能性があるとみるからです。ところが「怪しい」業者は、ここで電話を切ります。先のR社のように。

エンタープライズ1.0への箴言


「テレアポ業者の大半は営業の基本ができていない」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」