秘密情報で未来を予言

通信機器の販売業を営むNさんの携帯電話はいつも通話中でした。最新情報が商売を左右するので、仲間、取引先、同業者との通話でいつも塞がっていたのです。例えば、他店の激安特売情報を発売元に「密告」すれば、ライバル店は制裁を受けます。ダンピングによるイメージ低下を避けるために事実上の価格統制があることから、互いに監視し、足を引っ張り合っているのです。

また、人気機器はあっという間に在庫がなくなります。売れ筋のトレンド情報を他社に先駆けて掴み、事前に在庫しておけば、品薄となった地域の市場を独占できます。さらに、新発売の情報が流れると、在庫品は買い控えられ最後は投げ売り状態となってしまいます。これも情報を制することで、早めに在庫を捌くことができ損失を最小限に抑えることができます。

新規格の機器が発売される。Nさんは部下から報告を受けました。早耳のNさんも初耳で、情報源を訊ねると「ネット」だといいます。そこは業界関係者だけが集うサイトで、秘密情報がいつも掲載されていると部下はいいます。早速、サイトにアクセスして情報を確認します。すると、そこにはメーカーの関係者や開発者でなければ知り得ない……と、思われる極秘情報が溢れていたのです。

宝の山の正体は

まるで庭から温泉が出た気分だったといいます。インサイダーの情報ならば間違いはないはずです。彼らは時に憤り、社会正義に溢れ「内部告発」をします。より良い商品開発への取り組みが、「バカな上司」に潰されている。その心痛にリアリティがあり「使える」とNさんの目が光りました。

以下はNさんが見たサイト情報を加工しております。実在の人物団体とは一切関係ございません。

・A社の液晶技術に問題があるのは社長のヒステリーが原因
・B社の販売延期は技術者がノイローゼになって失踪したから
・C社の端末がつまらないのはゲーム部門からの左遷組
・D社の社長は電子メールを使えない

・・・勘の良い方ならピンと来たかもしれませんが、秘密情報が書かれたサイトとは「2ちゃんねる」です。読むに値しない書き込みは無視して「インサイダー」の情報を拾っていけばいいと豪語します。

Nさんは「2ちゃんねる」を噂程度には知っていましたが、実際に見たのはこの時が初めてで、そこかしこに「インサイダー」しか知らないキーワードがあり、情報を裏打ちしているといいます。そしてこう評価したのです。

「プロの我々が見れば真実の情報だけ拾える」

つまり、玉石混淆の2ちゃんねる情報の中から、玉だけ拾えるという自負します。

2ちゃんねるという病

そもそも論から整理していきます。本当のインサイダー情報を知りうる立場の人間が2ちゃんねるに投稿するでしょうか。実際はともかく「匿名掲示板」というイメージから正体を隠せるかといえば 、それは幼い発想です。業績を左右するほど重要な機密であれば、知っている人間は限られ、社内での犯人捜しは難しくありません。

また、業績に響くネガティブ情報なら自分の給料にダメージを及ぼします。つまり「真っ当な大人」が投稿する可能性は極めて低く、あったとしても極めて希なレアケースで、「ウォーリー」を探すような労力が求められます。反対に嘘のポジティブ情報を流す「我田引水」的なガセネタもあることでしょう。

N社長はハマリました。2ちゃんねるに。テレビ、新聞、雑誌の情報より早く流通する「トレンド」を仕入れたと悦に浸ります。トレンドウォッチャー0.2です。好事魔多し。悲しいかなN社長は老眼という病に冒されました。膨大な書きこみを追いかけるだけで目が疲れ、しばしば「休憩」が必要となります。面白いもので「熱病」というものは距離を置くと冷めるものです。衝撃的だった「内部告発」が安い居酒屋で語られるサラリーマンの愚痴と重なる気がし、先ほどの新規格の発売を調べてみると、メーカーが発表するプレスリリースを見られる立場にあれば誰でも知っていることでした。

しかし、それでも半年間は続けてみることにしました。一時的なデータの偏りを排除するためです。ここら辺の冷静さは経営者の面目躍如といったところでしょうか。半年間の実証実験の結果はこうです。

「関係者が書いているものもあるが、多くは『憂さ晴らし』が執筆動機となっている」

ネットにアクセスして時間を割き、リアルの自分が特定されるリスクを冒してまで不特定多数にわざわざ公開する「モチベーション」を考えればいい線ではないでしょうか。この結論からNさんの携帯は、また通じなくなりました。

エンタープライズ1.0への箴言


「玉石混淆というが99.99%は石ころ」