ジョブズの遺作「iTV」

オールインワンPCに革命をもたらせた「iMac」、携帯型音楽プレイヤー市場を塗り替えた「iPod」、携帯電話の概念そのものを崩した「iPhone」、そしてPCの存在意義を問い直した「iPad」を世に送り出した、あのスティーブ・ジョブズの遺作とも囁かれるのがAppleのテレビ「iTV(仮称)」です。

ネットでは「テレビがつまらなくなった」と批判され、さらには「終わった」と揶揄されるなか、ジョブズはテレビに夢を見ました。ジョブズの考えを忖度するなら、テレビが娯楽の王様である事実は今もまだ健在だからです。いわゆる「ネットニュース」の芸能情報は「テレビネタ」が多く、オリンピックやワールドカップをテレビ観戦しながら「ツイート」している事実が雄弁に語ります。

何より「つまらない」と評価を下せるのは、その「つまらないテレビ」を見ているからです。

テレビのポテンシャルの高さ

Appleが発売する「テレビ」なら、通信機能を搭載し、iPhoneやiPadをリモコンや入力端末にするだけでなく「音声認識」による操作に、「iTunes」を拡充して映像付きジュークボックスとなるのはもちろん、視聴履歴に合わせてカスタマイズされたニュースや新着映像が届けられ、iPhoneの「FaceTime」を組み込むことで文字通り「テレビ電話」となるのではないでしょうか。

また、SNSのようにネット経由で遠く離れた知人や他人と同じ映像を鑑賞できるようになり、そこで交わされる雑談を世界に発信できる「自分テレビ」となるのでは……とは、勝手な妄想です。しかし、映像、音声、文字情報を茶の間に届ける「テレビ」という装置の娯楽ポテンシャルはとても高いのです。

百聞は一見に如かずとあるように、優れた「映像」は圧倒的な説得力を持ちます。もちろん、ホームページのコンテンツとしても有効です。交換して不要になった自動車のバンパーを細かく砕く「バンパー破砕機」という機械があります。これを紹介するコンテンツを写真と文章で作っても反響はゼロでした。そこで、実際に破砕している様子を動画として公開したところ、問い合わせが入るようになりました。物書きとしては文章の敗北に忸怩たるものがありますが、文章が相手の読解力により伝達力が制限されるのに対して映像は「見たまま」の強さを持ちます。

もはや「ブレア・ウィッチ内覧会」か!?

祖父の代から数えて50年になる工務店のA社長は積極的な情報発信に取り組んでいます。従来の工務店が下請け仕事で疲弊するなか、元請け仕事を増やすには広報宣伝活動が欠かせないからです。大手デベロッパーに発注しても、実際の作業は街の小さな工務店が請け負っており、技術や品質で引けを取ることはないのですが、今までの工務店はそれを伝える努力を怠っていたというのがA社長の持論で、これは本当にその通りです。

もちろん、ホームページにも力を入れており、「映像」を導入しました。その作品を文章で再現してみます。

玄関前のイーゼルにスケッチブックが掛けられ、「新築物語」とパステルで手書きされています。カメラはそのまま進み、玄関を開けて廊下を抜けると、そこは陽光溢れるリビングダイニング。カメラはパンしてキッチンを映し出します。キッチンの終点に辿り着くと、そのまま直線バック。いわゆる「来た道を帰る」の言葉に実直に後ろ向きで退室し廊下をムーンウォーク状態で玄関に戻ります。玄関の右手ある階段を見つけると立ち止まり、スイッチバックのように二階方向へ階段を登っていきます。二階には3部屋あり、各部屋に入ってはムーンウォークでの退室を繰り返します。最後の部屋には、玄関先と同じイーゼルにスケッチブックがあり、カメラが寄るとそこには「おしまい」とあり終幕。

ネット上での「内覧会」といったところでしょうか。

テレビがつまらなくなった理由

再現してみたものの、やはり「文章」の限界を感じます。この映像の全編に通じる「手ぶれ」を表現する言葉を私は持っていないのです。A社長の会社のホームページに導入された映像は、家庭用の小型カメラでの素人による撮影で、すべての映像が上下左右に揺れており、「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」や「クローバーフィールド」を彷彿とさせる、視聴者に船酔い気分を満喫させる「映像0.2」な演出です。

「バンパー破砕機」は見る間に大きな自動車のバンパーが砕かれていき、一片がタバコの箱ぐらいにまで細かくなります。撮影者は動かずに、画面の中を動かすことが「映像」の基本なのです。被写体が動かないものなら、じっくり見られる写真の方が向いており、何でも「映像」にすれば良いものではありません。ちなみに、運動会の徒競走で、被写体(子ども)が走るのに合わせてカメラを移動させるとつまらない映像になるのも同じ理屈です。

YouTubeやニコニコ動画の台頭を引き合いに出し、「テレビはつまらない」という声を大きくしています。確かにこれらで見かけるハプニング映像や素人ダンサーのパフォーマンスに目を見張ることはあります。しかし、何億本という映像群の中の選ばれた数本だけのことで、素人映像が面白いというのは論理のすり替えです。もっとも、生放送で歌わない歌手や、話芸もなければ笑いもとれない漫才師がはしゃいでいるテレビ番組を「素人レベル」と揶揄する声には深く頷くのですが。

エンタープライズ1.0への箴言


「素人動画は難しい」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」