英語化のメリットに見た「楽天らしさ」

楽天ではこの7月より、社内の公用語が英語になりました。「グローバル=英語」というのもずいぶんと短絡的な発想です。それは英語がペラペラのイギリス人でも、3才の幼児にビジネスは難しすぎるからです。

冗談はさておき、北米エンターテインメント業界において「PUFFY」が残した爪痕と英語ネイティブの「UTADA」の苦戦のように、「言葉」は成否を分ける絶対条件ではないということです。しかも、決算報告書によれば楽天のEC流通総額における海外比率は9.7%と1割にも届いていません。

同報告書によれば「出店店舗数」には頭打ち傾向が見られます。国内での成長に限界が見えてきたことが、グローバルを目指す理由かと思いきや、どうやらそれだけではないようです。同社の創業者で、さらに会長兼社長と、欲張りな肩書きを持つ三木谷浩史さんは英語化のメリットの1つとして「買収した海外企業が孤立しない」と語りました。なるほど、それが狙いかとニヤリ。それは「楽天らしさ」です。

細身のスーツでカタカナを操る譲渡された社員たち

中古自動車販売業のK社長は、同業で上場した企業の中古車販売部問を譲渡されました。譲渡元の創業者とはかつて苦楽を共にした間柄で、ライバルでありながら敬意を互いに持つ存在です。業態転換に伴い創業部門を切り離す事実上の「売却」であり、K社長から見れば「買収」ですが、相手と受け入れる社員の面子のために「譲渡」という表現を採用したのです。

既存の社員は中小企業にありがちなバラエティに富んだキャラクターが多く、背広よりも油の沁みたツナギが似合うのですが、譲渡された社員は上場後に入社した社員ばかりで、皆、大卒で洗練されています。ヒップラインが露わとなる細身のスーツに身を包み、語る言葉は「フレームワーク」「コンプライアンス」「ワークショップ」とカタカナが並び、会議の席ではパワポ(PowerPoint)で作成された美しい資料を配ります。譲渡を経て、店舗規模が従来の3倍に膨れ上がったK社長の自尊心をくすぐったのは譲渡された社員のやり方でした。

買収された側のくせに

そこで、既存社員にも会議資料はすべてパワポで作成するように命令が下されます。「口頭報告や手書きの資料は時代遅れ」と原則禁止となり、今まで「販管費」の一言で片付けていたところ、「セールスコスト」や「プロモーションコスト」と細分化したがる譲渡社員のやり方が奨励されます。上場企業は株主に対して業績を開示する義務があるので詳細な資料が求められるのですが、その一方で内容を細分化することで、事業の実態を不透明にすることもできます。

例えば、「プロモーションコストの増加を、セールスコストの抑制でカバーした」とすると、成功したようなポジティブな印象を受けますが、「販管費」とまとめてしまうことで何も変わっていない実態がばれてしまうのを避けることができるのです。

しかし、先に音を上げたのは言い出しっぺのK社長でした。K社長らしい表現なのでそのまま引用します。

「彼ら、立場をわかっていないよね」

彼らとは「譲渡された社員」。買収された側が、買収前と同じやり方をしていることが鼻につくと言い始めたのです。

楽天の真の狙いとは

K社長を動かすのは「正論」ではなく「気分」です。K社長はいわゆる「ワンマン」で、朝令暮改は当たり前、会議の冒頭に下した命令を会議の終わりで否定するのは日常です。つまり、資料をパワポで作成し終える頃には、資料が無意味になることも多く、その場限りの「口頭」こそが「企業風土=らしさ」だったのです。

かといって、譲渡社員に同情することはできません。必要以上に作り込むパワポの資料は一例に過ぎず、上場企業時代のやり方を踏襲しようとするその態度は、まるで買収により乗り込んできた進駐軍のようでした。己の性格と、置かれた立場をわきまえなかった「らしさ0.2」です。

結果、「パワポ禁止令」が下されたのは言うまでもありません。ちなみに、既存社員がお洒落なスーツを着ていないのは、社長の無茶ぶりにいつも付き合わされていたから。そして「スーツでクルマを売るわけじゃない」とは、買収前のK社長の言葉だったりします。

楽天も三木谷浩史さんは「ワンマン」という評価もありますが、筆者が注目した「楽天らしさ」はそこではありません。

インフォシーク、ビズシーク、フープス、ワイノット、メディオポート、コミュニケーションオンライン、キープライム、 ライコスジャパン、GORA、旅の窓口、DLJディレクトSFG証券、デジパ・ネットワークス、あおぞらカード、国内信販、LinkShare、フュージョン・コミュニケーションズ、そしてカナダの電子書籍販売会社コボ。

これらは「ウィキペディア」に記載されていた楽天が買収・合併を行ってきた企業です。楽天の創業メンバーを中心に取材し執筆された書籍『楽天の研究―なぜ彼らは勝ち続けるのか』の第2章は「楽天は単なるIT企業ではなく、日本でトップクラスのM&Aのプロ集団」とあり、第5章でも紙幅を割いてM&Aについて言及しています。

つまり「楽天らしさ」とは、企業買収により成長するビジネスモデルであり、先の三木谷さんの発言は「買収した海外企業」に注目すべきなのです。

「楽天市場」をグローバルに拡張させるのではなく、「旅の窓口」が「楽天トラベル」に、「DLJディレクトSFG証券」が「楽天証券」となったように、海外の企業を購入して「楽天」あるいは「Rakuten」の看板に取り替える――社内公用語の英語化の真の目的とは、買収後に乗り込ませる進駐軍の養成と見るのが「らしさ」から導き出される戦略です。そして、英語がネイティブなM&Aのプロを招聘せず、自社の社員を養成する「自前主義」も「楽天らしさ」で、前掲の書でも紙幅を割いて賛美しています。

ちなみに楽天では、毎週月曜日には朝の8時から全社員が品川の本社に集いトップダウンで訓辞を垂れる「朝会」があります。理由を問わずに遅刻は許されません。しかし、グローバル化を果たした暁に、朝会にロンドンから出席するとなれば片道12時間で、往復すれば毎週日曜日と月曜日が潰れてしまいます。「テレビ会議」で参加するとしてもロンドンの現地時間は「日曜の深夜11時」。

実のところ、楽天に多く見られる「らしさ」は、成功しているグローバル企業が取っていない方法が多かったりします。もちろん、先の2つの例もです。

エンタープライズ1.0への箴言


「らしさは長所にも短所にもなる」

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」