業界のナイショ話

打ち合わせ中に携帯電話が鳴りました。発信者は電気工事会社を立ち上げ社長をしている高校以来の友人です。放置していると、今度は携帯メールが送られてきました。彼からです。急ぎのようですが再びスルーします。

たとえ親友といえども、時間と空間を共有する目の前のお客を優先するのがビジネスマナーと考えるからです。また万が一、彼に危急の事態が生じたなら、彼の携帯から連絡が入ることはありません。打ち合わせが終わってから連絡すると、彼にとっては緊急事態が発生していたのですが。

開口一番、彼は「リーダーズヴィジョン(仮名)って知っている?」と切り出しました。頭の片隅に引っかかるものを覚えながら子細を訊ねると、翌日の土曜日に、彼の会社にタレントが雑誌の取材のためにやってくるというのです。「取材の可否をすぐにでも答えなければならない」と焦っていました。ここで、頭に浮かんでいたモヤモヤを完璧に思い出します。

「で、取材料っていくら? 5万円? 10万円?」

彼は「7万円」と答えます。

「記事広告」は詐欺か?

友人の懸念は「詐欺」でした。インターネットで調べると、雑誌も会社も存在しているのですが、今ひとつ確証を持てず、出版業界に近く「裏道」に明るい筆者の意見を求めたのでした。

記事広告は詐欺ではありません。記事のような体裁で仕上げて、普通の記事のように読ませる狙いの広告です。新聞や雑誌などでは欄外に「広告特集」や「PR」と入れることで記事と区別しているというのが出版業界の説明です。そして、記事広告を収益の柱に据えている雑誌は多々あります。この会社からは、以前筆者にもお誘いがありました。

Web制作会社のF社長は事業のスタート当時から、たびたび取材を受けていました。平日は会社員、週末に事業という二足の草鞋を履く「週末起業」への取材から始まり、退社後は「起業家」として、次には「Web業界に革命を起こす」という見出しで紹介されます。そして、取材オファーが相次ぎます。

総じて、取材は気分がよいものです。筆者も各種週刊誌にテレビ、日経新聞以外のすべての全国紙の取材を受けましたが、インタビュアーは一言一句になるほどと頷き、記者はオフレコ話を誘い水に、忘れていたエピソードまで引き出してくれます。インタビューが終わる頃には、自分が自分以上の存在になったように錯覚します。

常に「2.0」となる「記事広告」

取材には大きく分けて2種類あり、用意した「企画」に沿ったエピソードを集めるためのものと、パズルのピースを集めるような「情報収集」の段階のものです。前者は発言内容がほぼそのまま掲載されますが、後者ではポジティブに語ったことがネガティブなピースに置き換えられることもあります。

記事とは筆者による作品で、取材した人間の言葉をそのまま紹介するものではないからです。雑誌の場合は公開前に発言内容を確認する「ゲラチェック」をさせてくれますが、新聞は届いた朝刊を見て「やられた」と微苦笑することも度々です。これは捏造ではなく解釈の相違。本人がよかれと思っている行動を「0.2」と断じる筆者に責める資格などありませんしね。

F社長の「記事」は常に「2.0」です。ありのままの姿を「1.0」とした時、常にその倍の姿で描かれる「記事広告」だからです。すべてのネガティブ情報はポジティブな語句に変換されます。例えば「業績不振からリストラをした」は「さらなる飛躍のために少数精鋭の体勢にシフトした」となり、「多角化により経営資源が分散している」という評価は「リソースの分散投資により安定を目指す」といった具合です。

名前を出せないジレンマ

今回の「0.2」の対象は、リーダーズヴィジョン(仮名)の営業マンです。取材理由を友人に「東京都足立区を中心に躍進企業を紹介する企画」と告げたと言います。「躍進企業」と言われて喜ばない社長などいません。これが「詐欺かも」と疑いながらも、即答で断れなかった理由です。そこで友人にアドバイスをします。

「本当に躍進している企業の社長に今日の明日で取材に応じる時間がないことは世間の常識だよ」

友人は断る決意をしました。誤解なきよう、出版業界の端くれに立つものとして記事広告について補足をしておきましょう。無事に経営しているだけで社長が誉められることはまずありませんが、「記事広告」は誉めてくれます。取材にはそれなりに名のあるタレントが来社し、「凄い」「立派」と誉めてくれます。友人の場合は元アイドルであり、筆者の場合は元プロ野球選手でした。

つまり、「記事広告は社長の福利厚生」なのです。ちなみに、F社長のところに繰り返し取材のオファーが入る理由は「記事広告を見て営業電話がかかってくる」から。もっとも、「記事広告」の主な読者は、記事広告を生業とする同業者という噂もあるほどです。

筆者の元には毎月のように記事広告のお誘いがあり「御社のホームページを見ました」と電話を頂戴します。ところが、誰も筆者の執筆活動には触れません。ギャラをもらって取材している立場の人間が、金を払ってまで取材されたいと思うでしょうか。ちなみに、先月『BIG tomorrow 』という老舗サクセス誌の取材を受け、今月の25日に発売される号に小さな記事が掲載されますが、弊社そばの「華屋与兵衛」でコーヒーをご馳走になり、ギャランティも頂戴しております。

エンタープライズ1.0への箴言


「記事広告は社長の福利厚生」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi