ペンソォルヴェイニアで通じるか

SALLYが歌ったのは「バージン・ブルー」で、腕のない裸婦の石像は「ビーナス」。そして「ヴィックスヴェポラッブ」の「ヴ」をどう発音するのかと話題になったのは、すべて昭和のことです。

「ヴ」という表記はもともとあったようですが、昭和では「バ行」が使われており、平成になり「原語」に近い表記をということで文部省(現在の文科省)が定め、今に至ります。

余談ですが、「バージン」や「ビーナス」という検索要求に「ヴァージン」や「ヴィーナス」と勝手に置き換えることで、「時代」を上書きするのはネットの短所といえるでしょう。

どこの国でも母音や子音の数が違う他国語は「ローカライズ」して使われるものです。もちろん「ソープランド」の旧俗称のように、他国を不快にさせる名称を改訂するのは分かりますが、日本語の表記表音のなかで「原語」に近づける意味があるのでしょうか。例えば、「ペンシルバニア」は私の耳には「ペンソォルヴェイニア」と響 くのですが、日本語の会話の中でこれを使えば奇異な目で見られます。ネイティブな「原語」は、日本国内ではさして重要ではないと私は考えます。今回の主人公は、留学経験を誇る「ネイティブ0.2」です。

グループは仲が悪い

広告手法のひとつに「英語化」があります。「売り出し」より「セール」、「催し」ではなく「イベント」と英語に置き換えることで雰囲気を変えます。また、主旨や意味をぼかすこともできるので便利です。

いくつかの広告代理店が参加するグループの啓蒙活動として、ホームページを作ることになりました。加盟各社は紳士協定を結び、営業エリアを分け、共存共栄を建前としていますが、複数のエリアに跨り支店を持つクライアントや顧客からの他のエリアにある客を紹介されることもあり、厳密な線引きは不可能で、各社の得意分野の違いから利害が異なります。

しかし、「徒党」を組むことでクライアントにスケールメリットがあるかのように見せかけることができ、その「象徴」としてホームページを開設することになりました。

開設は社長達の飲み会で決定され、実務は現場に丸投げされます。現場は自社の利益を追求しなければならず、利益を損なえば社長に叱責され査定に響きます。グループとして仕事を融通しあう仕組みを考えるといった建設的な発想はなく、必然的に話はまとまりません。そこで、依頼を受けたクリエーターは一計を案じます。

「セールスプロモーション」

各社になんとなく当てはまり、かつ雰囲気だけで押し切る「英語化」の手法です。

自称ネイティブスピーカー登場

クリエイターは手を抜いたわけではありません。利益誘導のための議論を棚上げするために「曖昧な言葉」を用意し、そこに視線を集めておいて、まずはチャレンジする狙いです。会議にくたびれていた現場の人間も納得し、「セールスプロモーション」を軸にクリエーターがデザインを描き上げ、各社にFAXを流すと巨大な横やりが突き刺さります。

「Sale Promotions」

グループに参加しているK社の社長令息が、文法上はこうなると指摘します。常日頃、海外留学経験を自慢する彼は、他にもデザインとして配置されている英文のすべてを添削します。添削の枕詞に「ネイティブの表現では」とあります。丁寧語を用いつつ、ほぼ全てを否定するその文章にクリエイターは「慇懃無礼(いんぎんぶれい)って言葉の意味を知りました」と述懐します。

正誤を問う間もなく社長令息の発言は採用され、「セールプロモーションズ」に書き換えられます。

ホームページは世界と繋がっています。しかし、コンテンツの殆どが日本語で書かれ、首都圏近郊の広告事情が掲載されているサイトをみる99%はネイティブな日本人であるという想像に間違いないでしょう。ならば「セールスプロモーション」が正解です。そして、語学に堪能な友人に「添削」をみせたところ答えはこうでした。

「どうでも良いことばかりだね」

ヒバチを訂正することはない

キャッチコピーなどで教科書のような正確な文法は要求されず、多少の言い間違いにネイティブは寛容だといいます。さらに「アメリカ」でいえば、些末な表現をあげつらうより「チャレンジ」する姿勢に喝采を贈ると続けます。

詩人のアーサー・ビナードさんは「日本語ぽこりぽこり(小学館)」のなかでこう告白します。

「ヒバチは、ウルトラマン以外にほとんど唯一親しみを感じるジャパニーズだった」 hibachiは英単語として流通しており、バーベキュー用調理器具としての機能性を、著者の父上の言葉を借りて紹介します。hibachiとは「七厘(シチリン)」のことで、海上輸送の波頭の仕業か火鉢と言葉が入れ替わったようです。原語主義者ならば「七厘と火鉢は違う。正しい表現をしろ」と眉を吊り上げ要求するのかもしれませんが、現地で流通している言葉は、教科書的に間違いでも正解なのです。

ホームページは英語を見せるものではなく、日本人の客に活動を伝えるために作ります。アメリカ人が小首をかしげる英語だとしても、日本人に伝わるほうが正解なのです。そして語学に堪能な友人は社長令息をこう評価しました。

「重箱の隅を好んでつつくネイティブな日本人」

エンタープラズ1.0への箴言


「完璧な英語が正しいのは教科書の中だけ。目的の本質を見極めろ」