1兆円という売上のカラクリ
昨年12月、日本最大のインターネットショッピングモール「楽天市場」の年間流通総額が1兆円を突破したと報じられました……が、発表を丸呑みするのは「0.2な社長」の特徴。そこで、このニュースから「0.2な人」にならないためのアドバイスをします。
「数字はかみ砕いてみる」
これを同プレスリリースにある出店数で割り算すると、1店舗当たり月額平均200万円の売上となります。「なるほど、これは儲かる」と飛びつく前に一言。これは「平均値」であるという点です。
今や楽天市場は中小企業だけではなく、有名百貨店から、家電量販店の雄「ビッグカメラ」が軒を連ねるショッピングサイト。2,000万円売り上げるショップが1店あれば、9社の売上が0円でも平均は200万円となります。
このニュースは「楽天市場」という「場」の広がりを報じる企業広報と受けとるべきで、熾烈な競争が繰り広げられる優勝劣敗の厳しい現実を読み取れるということです。ネットにはリアルと地続きの厳しい現実があります。
ちなみに「楽天株式会社」の2010年度の年間売上は3,461億円。契約企業の12万社の総計の10000億円の3分の1、つまり4万社分の売上を1社で叩き出している計算です。
三河屋のサブちゃんが教えてくれること
ネット通販の伸びの背景にリアルの事情があります。大店法が緩和され、その後に廃止される流れの中で、続々と大規模チェーンストアが各地で開業しました。すると品揃えが豊富な大規模店に客が流れ、個人商店は廃業し商店街は「シャッター通り」となります。チェーンストアは売れ筋商品を扱うのがその使命で、結果的にマイノリティーな商品が街角から姿を消しました。
その受け皿として浮上したのが、ネット通販です。最近はお米や水のように持ち帰るには不便な重い商品を自宅まで運んでくれるということから、ネット通販を利用する人も増えています。これも商店街に「酒屋」「米屋」があった時代には「宅配」されていたことを、国民的人気テレビアニメ「サザエさん」に登場する「三河屋のサブちゃん」が教えてくれます。
観光地に紅茶を中心としたカフェを構えるKさんも市場をネット通販に求めました。カフェも優勝劣敗の現実に追い込まれた業種の1つで、市場の勝者はファミレスとコンビニです。同じ飲食業のファミレスはともかく、コンビニと首を捻るかもしれません。
かつて「旅」と言えば、その地でしか味わえないメニューや地元の名店を楽しむものでした。カフェもその1つです。しかし、好みに地域差があり、それは「ハズレ」とも呼ばれ、「名物に旨いものなし」とまでいう人もいます。ところが、ファミレスとコンビニは、ほぼ日本全国おなじ商品が提供されています。その安心感に加えて、「安価」であり「手軽」。そして、カフェの客が奪われたのです。
ちなみに、コンビニの雄「セブンイレブン」は、今年の1月30日に2011年3月から12年1月28日までの売上高合計が3兆円を突破したと発表しました。
カフェを廃業した理由
もともとKさんは、「観光案内」としてホームページを早くから開設していました。常連客のススメによって始めた紅茶の茶葉の通販も、小遣い稼ぎぐらいにはなっていました。しかし、ネット通販市場の伸びに反比例して小遣いの額が減っていきます。新規参入が相次げば、競争が激化するのは当然の話です。
店頭の売上もジリ貧で、ネットも減収というダブルパンチの状況を打破するために、Kさんはネットで知った「ITコンサルタント」に相談のメールを打ちました。ホームページでうたわれている成功例に夢を見て、プロの力を借り、「きっかけ」さえつかめれば、ネットという巨大市場から利益を得ることができると夢見ます。
コンサルタントがホームページに掲げている「相談料100万円」に躊躇しましたが、借金をしてもネット通販が軌道に乗れば返済できると自らを奮い立たせます。そして、相談フォームの「送信」ボタンをクリックし、2日後に届いた返信を見てKさんはカフェの廃業を覚悟しました。メールの内容はこうです。
「すぐに成功するわけではない」
コンサルタントのホームページに掲載された成功例を自分に重ねみた泡沫の夢がパンと音を立てて弾けます。コンサルタントに裏切られたような気がしたことも廃業を決めた理由の1つです。
ネット通販の真実
コンサル料の多寡はさておき、とても誠実なアドバイスと感心します。コンサルタントの職業柄「成功例」を強調するのは仕方がありません。それは楽天市場やセブンイレブンが、全店合計の売上を誇る気持ちと同じですし、各種電子ショッピングモールでも出店すれば、すぐに成功するかのように宣伝しています。
しかし、冒頭でも指摘したように大企業と個人商店が「楽天市場」という同じ土俵で戦うのがネット通販の現実で、その難しさを最初に指摘するのは正しい態度です。例えば、「紅茶 通販」で検索すると1,980万件の情報がヒットします。そんな激戦区で、短期間で大成功を納めると安請け合いするほうが不誠実です。
ネット通販市場の原則も優勝劣敗、つまり何でも売れるわけではありません。そして残酷な現実を紹介します。
「リアルで売れないモノはネットでも売れない」
わたしが相談を受けたとしても同じように答えたことでしょう。そのうえでこんなアドバイスをしたかもしれません。まず、観光客に売ります。試飲でもOKですが、肝心なことはメールアドレスや住所を聞き出すことです。そしてそれぞれの地に戻った客をリピーターに育てるために、観光地の四季折々のニュースとともにメールやDMなどでフォローしていきます。
これなら100万円は不要です。1兆円や3兆円と耳にすると、その数字の大きさに圧倒されますが、「商売」を成功に導く近道は、こうした地味な作業を繰り返すことで、ネット通販で大成功している会社ほど実践していることだったりします。
エンタープライズ1.0への箴言
「ネット通販はむしろ成功しない人のほうが多い」
読者からご指摘を受け、一部文章を改訂しております。ご指摘に感謝するとともに、ご迷惑をおかけしました関係各位に深くお詫び申し上げます。
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。
筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは