中華料理屋で凍りついた瞬間

駅前に新しくできた中華料理屋でランチを食べていると、隣のテーブルに初老の男性5人組が案内されました。席に着くなりビールを飲み出したせいか、声が大きく、強制的に耳に届く会話の内容から、すでに会社を退職しているグループで、この日は近くのカルチャーセンターで某かの勉強会があったようです。

5人組のリーダー格が「寒くなると腰が痛い」と病気自慢を始めます。病気自慢を始めるのは、学生時代の試験の当日「勉強してこなかった」と、失敗した時の言い訳をあらかじめ用意するアレと同じ心理です。

リーダーの発言を受けて、隣に座ったいかにも小物風の男性は、自分の出番が来たとばかりに「自分は元気だ」と主張し、リーダーをこう腐します。

「○○さんは"オジン"だから」

野菜がたっぷり入った熱々のタンメンが凍り付いたような錯覚に襲われました。平成の御代となり24年目、まだ「オジン」を日常会話で使う人がいたなんて。隣のテーブルに目をやると、「オジン」という言葉のチョイスを誇るかのように満足げな表情を浮かべる小物がそこにいました。

オジンとSEO

若者向けに補足しますと、「オジン」とは1980年代に頻繁に使われた「若者言葉」で、年長者を侮蔑する意味で用いられました。年齢的な定義はないものの30才を超えれば自動的に「オジン」であり、20代前半であっても、中高生からは「オジン」と呼ばれることも少なくありませんでした。風貌からの推定に過ぎませんが、この言葉が頻繁に使われた当時、先ほどの小物は30才前後。自らが「オジン」と呼ばれたことの意趣返しを同年輩にしていたのかもしれません(関西方面では今でも「オジン」を使うことはあるようですが、やはり若者は使わないようです)。

言葉の変化に時代は大きな影響を及ぼします。「オジン」のように消えていく言葉があれば、生まれてくる言葉も多く、「コピペ」などはその代表例で、PCやホームページが今ほど一般的でなかった時代には存在しなかった言葉です。

「SEO」もその1つ。SEOとは検索エンジン最適化を意味する「Search Engine Optimization」の頭文字をとった略語で、グーグルなどの検索エンジンは、特定のアルゴリズムで検索結果の順位を決めているので、これに沿った対策をとれば検索結果の上位に表示させることができるという考え方です。検索エンジンが現在ほど重要ではなかった20世紀にはなかった言葉です。

専門用語を頻用するWeb屋の問題点

包装資材の卸売りを手がけるS社長は自社サイトのリニューアルに向け、ホームページ製作業者からの提案を聞いていました。「WordPressをベースにCMSを構築し、誰でもコンテンツをエントリーできる」。

かねてより思っていることですが、説明もせずに固有名詞を持ち出し、専門用語を並べ、日本語があるものをわざわざ英語で語るWeb業界の因習が、中小企業のホームページ活用率を低いままにしているのではないでしょうか。ブログ投稿ツールの「WordPress」も、サイト管理システムの「CMS(正しくは「Content Management System」)」も、誰もがわかる一般用語ではありません。それぞれ説明が必要ですし、内容(コンテンツ)を登録・更新(エントリー)できると語れば客の理解も早いのですが。

話を戻します。ホームページ製作業者の言うことをほとんど理解できないまま聞いていたS社長が切り出します。

「それでアレはどうなる? デスクなんとかとキーワードは?」

「ハードディスクのことでしょうか?」と逆に質問する業者に対し、「そうじゃない」とS社長。話が噛み合いません。業を煮やしたS社長が「これを読めばわかるだろう」と、パワーポイントで作られた小冊子をデスクに叩きつけます。

SEOにもトレンドがある

極太丸ゴシック体で書かれたタイトルは「超入門 基礎から始めるSEO対策!(仮名)」。

業者がパラパラとめくり、デスクなんとかとは「description(ディスクリプション)」で、キーワードは「keywords」と判明。「これならお任せください」と業者の口の端がニヤリと笑ったことにS社長は気づいていません。どちらもホームページの基本情報の記述に用いるもので、前者はそのページの要約を意味し、後者にはページ内の重要キーワードを記述します。

つまり、S社長のリクエストは「SEO」を施せということでした。業者を呼ぶ前に、在住する市が産業振興を目的に主催した「SEO講座」に足を運んでおり、そこで聞きかじった新しい言葉を使ってみたかっただけなのです。

グーグルなどの検索エンジンから見れば、順位を決める方法は検索結果の品質を意味し、それが操作できるとなれば死活問題です。それがゆえに、こまめに順位決定方法を変更し、不正な手段を排除する取り組みをしています。前回触れた「食べログ」のように1年間も不正を放置することなど許されません。

つまり、SEOも日々変化しているわけです。先ほどの「description」は今でもそれなりに有効とされていますが、グーグルは「keywords」を公式見解で否定しています。ほかにも、冊子には多くの「古い」事例が紹介されており、SEOの最前線にいる人間からすれば「オジン」級の死語が並んでいます。業者が笑うのも無理はありません。

実は地方自治体が主催するWeb関連のセミナーは「古い内容(平たく言えば役立たず)」が少なくありません。理由は簡単、自治体で決定権を持つ人に「オジン」が多く、彼らは一様にしてWebに詳しくないからです。

エンタープライズ1.0への箴言


「仕入れた知識の鮮度は要チェック」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi