2012年はローカルの時代が到来
Webはローカルの時代に突入――このように、2012年は騒ぎ始めるだろうと、早くも鬼が笑う来年の予言をしておきます。Facebookに7億人の利用者が集っていても、ジャカルタのペローさんやマリンガのダニエラさんと、交流できる日本人はたくさんいません。なぜなら、言葉の壁はもちろん、文化や風俗が異なるからです。一方、隣町の山田さんとなら、近所のスーパーマーケットの特売情報を共有することができます。2012年のローカルを助けるのが「Google」と「スマホ」……ではないかと。
Twitterのハッシュタグでご近所の特売情報を共有したり、店側がタイムセールで発信したりというのもありでしょうし、これはすでに始まっていますが、スマホの位置情報をもとに広告やクーポンを配信するサービスなど充実していく。というより、そこにWeb業界が乗っかり、いつもの馬鹿騒ぎを始めるだろという読みです。また、いわゆるガラケーでは表示できる情報量に制約がありましたが、小型PCであるスマホでは「電子チラシ」の配信が可能になりました。
デジタル情報の時代に突入しても「チラシ」の支持は根強く、韓国人女性アイドルグループ「RaNia(ラニア)」をCMモデルに採用した「チラシ部」はリクルートが始めた電子チラシ配信サービスで、凸版印刷が中心となって手がける同様のサービス「Shufoo!」もあります。ほかにもも多くの企業が「チラシ市場」に参入しています。
チラシのネット配信に目を付けるも……
I社長もチラシ市場に参入した一人。良いもの「みっけ」という意味から「mikke(みっけ:仮名)」と名付けたそのサイトでは指定地域のチラシを見ることができます。新聞を購読していない世帯にもチラシを届けることができるという触れ込みで、チラシ掲載を希望する企業から掲載料を徴収すると同時に、サイトに掲載される広告料を収益源とするビジネスモデルです。
もともと、I社長は折込広告を取り次ぐ代理店に勤務していました。折込広告は一種の閉鎖市場になっており、業界内部で熾烈な競争が繰り広げられています。新聞離れはそのままチラシ部数の減少を意味し、市場が年々小さくなっていることが最大の理由です。そこで目をつけたのが、ネット配信です。地域単位での配布数は減少しても、ネットなら日本全国を商圏にできます。久米島の上江洲さんだって、苫小牧の下谷内さんだって利用するかもしれないからです。
サービスインから3年が経ち、ITと言えば六本木と小さな雑居ビルの一室に構えていたオフィスは辛うじて東京都と名乗れる郊外に移転しました。都心の高い家賃に見合う収益を上げられなかったからです。
失敗の原因は「アイダホの問題」
地域広告媒体としての「チラシ」が世界に類を見ない理由はローカルの人口密度にあります。広大な農地に集落が点在するアイダホでは採算割れすることでしょう。日本では、広告主から見れば徒歩圏というローカルを狙い撃ちでき、人口密度の濃さから新聞販売店の配送効率は高く、居間にいながら徒歩圏のご近所情報を収集できる客という三方良し(皆にメリットがある)がチラシというメディアを育てたのです。
I社長の誤算は「アイダホの問題」でした。情報密度が薄かったのです。折込広告会社のツテを頼りに100件を超える広告主を確保していたのですが、それでは日本全国どころか東京都内ですらカバーすることはできません。リアルという「ローカル」ならば100件のクライアント数で充分だとしても、アイダホの農地のような広大なネット空間ではスカスカになってしまうのです。情報量の薄さは、情報配信サイトとしては致命的です。
これはローカルの常識でグローバルなネットに挑戦した「ローカル0.2」です。さらに収入源の1つと目論んだサイト広告も傷口を拡げていました。コンテンツに連動した広告が表示されるそこには、同様のサービスを提供する両巨頭である「チラシ部」と「Shufoo!」の広告が掲載されていたからです。
Googleもチラシ業界に参入か?
実は、リクルートの「チラシ部」でも凸版印刷の「Shufoo!」でも同様の事情が透けて見えます。筆者の自宅がある「東京都足立区舎人」で検索すると、北区を挟んで接する板橋本町、広い足立区を東西に横断した葛飾区の葛飾駅前、埼玉県も川口市を北上して辿り着く蕨市の美容室まで表示され、自動車で1時間以上かかるスーパーマーケットのチラシまで表示されます。
つまり、チラシごとの商圏を広く設定することで情報量を水増しているのです。サービス提供者側からすれば「商圏の拡大」といったところでしょうが、チラシに求めるのは「ご近所」というローカル情報。需給ギャップは明らかです。
電子チラシサービスの現状を踏まえたうえで、来年は「ローカル=チラシ」が来るかもと予言する核心はGoogleです。何でもパクる……もとい、リスペクトするのが得意なGoogleが「Googleローカルアド(勝手に命名)」とチラシ閲覧無料サービスを提供する可能性です。
Google Mapsのサービスイン以降、ローカル情報の収集に熱心ですし、中小企業をターゲットとしてホームページ提供サービス「みんなのビジネス(みんビズ)」にも乗り出しました。Googleローカルショッピングという実店舗の在庫や価格について検索できるサービスも始めています。そこで、「チラシ」を企業や商店から募って地図上に公開するメリットは、リアルの集客につなげたい企業とご近所情報を欲する消費者にあり、Googleにとっても弱点とされていた中小企業への知名度浸透に効果を発揮すると三方良しです。また、Androidの提供者としても、スマホに縁遠い主婦層を引き込む起爆剤として期待できます。
さらに野望を燃やせば、日本のオリジナルメディアである「チラシ」を世界に紹介することで、海外市場で新たなサービスを提供することも可能になります。そして、この鬼が笑う話が実現した時、I社長のサイトにGoogleの広告が加わり更なる業績悪化を招くことは間違いないでしょう。
エンタープライズ1.0への箴言
「2012年はチラシの時代……かも」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。
筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは